SCOとIBMの訴訟に関するOSIのポジション・ペーパー

Eric Raymond

代表
Open Source Initiative


           <esr@thyrsus.com>
        

Rob Landley

コンサルタント


           <rob@landley.net>
        

改訂履歴
改訂番号1.14 2003年5月26日 esr
細かい修正。
改訂番号1.13 2003年5月23日 esr
各社の歴史を加筆。AT&Tの同意判決などを含める。
改訂番号1.12 2003年5月22日 esr
関与する企業の用語を統一。
改訂番号1.11 2003年5月21日 esr
「オープンソースに関するSCOの歴史」を新しい節として設けた。エンタープライズ技術の年表をわかりやすくした。
改訂番号1.10 2003年5月21日 esr
系統図をカラーにし、系統図を取り上げている歴史の説明部分を再編成した。
改訂番号1.9 2003年5月20日 esr
細かい修正。
改訂番号1.8 2003年5月20日 esr
UnixWareより先にLinuxがSMPで動作していた。
改訂番号1.7 2003年5月19日 esr
系統図を修正。IBM系を含める。
改訂番号1.6 2003年5月19日 esr
系統図を修正。
改訂番号1.5 2003年5月19日 esr
誤字脱字を修正。SMP論争の内容拡充。遺伝的関係を図に追加。
改訂番号1.4 2003年5月17日 esr
細かい修正。オープンソース先駆者に関するメモを歴史に追加。
改訂番号1.3 2003年5月15日 esr
SequentとDynixに関するメモを追加。Doug Michels氏から引用。
改訂番号1.2 2003年3月20日 esr
「各社の歴史」を新しい節として設けた。規則11条の制裁を推奨。細かい修正。
改訂番号1.1 2003年3月16日 esr
第2版(ポジション・ペーパー)。24プロセッサのLinuxオペレーションのデモが1998年に実施されたことを追加。BSD訴訟文書へのリンクをBell LabsのWebサイトに追加。SCOが3つの争点を混乱させようとしていることを明記。誤字脱字を修正。
改訂番号1.0 2003年3月10日 esr
第1版(法定助言者意見書の草案)

目次

はじめに
本ペーパーで取り上げる内容
歴史と技術的な背景
「UNIX」の意味
Linuxとオープンソース・プログラミングの到来
Bell Labsコードベース
争点のUNIX派生物間の関係
各社の歴史
オープンソースに関するSCOの歴史
「エンタープライズ・スケーラビリティ」の意味
SCO/Calderaはその歴史と立場を偽っている
SCO/Calderaが重要な企業であったという主張は偽りである
SCO/Calderaが唯一のIntel UNIXベンダだったという主張は偽りである
SCO/CalderaはUNIXに対する権利の範囲を偽っている
SCO/CalderaのUNIXスケーラビリティ技術を所有しているという主張には説得力がない
SCO/Calderaは自身の役割を無視して、開発の動機付けを行うどころか、それを非難してはばからない
SCO/Calderaは不正な表現でオープンソース・コミュニティの能力と業績を貶めている
オープンソース・コミュニティの業績についての不正な表現
Linuxの現況についての不正な主張
IBM以前のLinuxの状況に関する主張の重大な不正
訴状の事実関係と論法に見られるその他の問題点
公開されている証拠はIBMによる悪用を裏付けるものではない
明確さを避けた暗示的表現
いったいだれがUNIXの所有者なのか
基本的方針と勧告
参考文献
付録:作業進行中

はじめに

Open Source Initiative(OSI)は、カリフォルニア州パロアルトに事務所を構える、501(c)3非営利教育団体である。IBMの不法行為により利益を得ていると、SCO/Calderaから申し立てられているオープンソース・コミュニティを擁護する組織として活動している。

本ポジション・ペーパーの主要執筆者(Raymond)は、1982年からUNIXの開発に携わり、今回の争点となるシステム・プログラミング技術の専門家である。また、歴史家でもあり、オープンソース・コミュニティとUNIXに関するその著作物([TNHD][CATB][TAOUP])はコミュニティの内外から広く信頼を集めている。1997年からは、オープンソース・コミュニティの理論派として指導的な活動を開始し、一個人としてまたOSIの代表として、オープンソース・コミュニティを代弁している。

本ペーパーの執筆者は全員Linuxコミュニティに参加しているが、こうして我々が意見を述べるのは、Linuxコミュニティを守ろうという狭い了見からではない。UNIX、Linux、そしてオープンソース運動は、インターネットとWorld Wide Webにとって不可欠の要素である。SCO/Calderaの主張はこうした技術を知的所有権で制御しようとするもので、その影響は間接的ではあるがインターネットとそれを支える文化への脅威となり得る。問題なのは、今あるプログラム・コードの譲渡だけではなく、将来開発されるコードをも手中に収めようとしていることだ。

本ペーパーは、元々は法定助言者意見書の草案だったのだが、現在はOSI理事会の承認を得たOSIポジション・ペーパーとなっている。理事会は、弁護士の忠告に従って、訴答の前にOSIが法定助言者の身分を求めることはできないとの結論を出した。ただし、将来、法定助言者の身分を求めるという選択肢は残されている。

本ペーパーの執筆は、作業進行中である。IBMに対する訴訟は、何千人ものオープンソース・コントリビュータの作業を非難の対象とした。コントリビュータは、SCO/Calderaの根拠のない訴訟を公私ともに不当だと感じている。オープンソース運動の伝統により、今も何百人もの個人がパッチを出している。これが、OSIの立場を伝え、広めてくれている。

本ペーパーで取り上げる内容

本ペーパーは、2003年3月6日にユタ州第3地方裁判所(ソルトレーク郡)に提出されたSCO/Calderaの訴状[1]に特に応える形で書かれている。

SCO/CalderaとIBMの取引関係や契約条件は、OSIの関知するところではない。しかし、SCO/Calderaの申し立ての根拠については積極的にかかわるべきことである。SCO/Calderaが主張する歴史や技術的な事柄は、明白な誤りと誤解を招くような表現(明らかに意図的)で満ちているからだ。

SCO/Calderaの申し立てと異なり、本ペーパーでは我々の主張を裏付ける情報元へのリンクを掲載した。

本ペーパーでは、次の申し立てを取り上げ、そのいずれもが明白な誤りか、誤解を招くような表現であることを指摘する。

パラグラフ1.(c):

「UNIXとSCO/UNIXは、『エンタープライズ・コンピューティング環境』で広く使用されている」

パラグラフ23:

「大手UNIXベンダのうち、Intelベースのプロセッサ・チップセットで動作するUNIX『派生物』を開発したのはSCOだけである」

パラグラフ57:

「SCOは1995年にNovellからUNIX資産を取得したが、その際、(1)AT&T Bell Laboratoriesが開発したオリジナルのUNIXソフトウェア・コードに対する権利を獲得した」

パラグラフ75:

「『Linus』[原文のママ]という名称は、Linuxをコンピューティングの世界に紹介したLinus Torvalds氏にちなんで付けられたものである」

パラグラフ78:

「GNUの主な目的は、有償の商用ソフトを基にフリーソフトを作ることだ」

パラグラフ82:

「ソフトウェア開発者や趣味でソフトウェアを開発している人の中で、Linux開発のために企業規模の設備やテスト環境を利用した人は事実上いない」

パラグラフ84:

「IBMが関わる以前、Linuxはソフトウェアの世界で自転車のような存在だった。一方、UNIXは高級車だった。Linuxの品質を企業ユーザの使用に耐えるものとするには、Linuxも高級車となるように設計を見直さねばならない。この設計の見直しを技術面のみならず事業面で現実のものとするには次の要件が満たされる必要がある:(1) 設計の統一性、(2)高度(高額)な設計および試験機器の利用、(3)UNIXのコード、方式、アイデアの利用、(4)UNIXアーキテクチャの知識、(5)財務的な裏付け」

パラグラフ85:

「たとえば、Linuxは現在4つのコンピュータプロセッサによる同時動作をサポートしている。一方、UNIXは通常16プロセッサをリンクし、最大で32プロセッサの同時動作が可能である」

パラグラフ90:

「企業向けソフト市場をサービス中心型に変容させる戦略の過程で、IBMは、UNIXの経済的価値、とりわけIntelベースのプロセッサ上で動くUNIXの経済的価値を故意かつ不当に貶めた」

パラグラフ93:

「むしろ、IBMはAIXをオープンソースにしてはならない義務を負っている。AIXには、SCOが機密とし、知的所有権を保有するUNIXオペレーティングシステムが組み込まれているからだ」

パラグラフ94:

「IBMは、SCOの機密情報や知的所有権情報をフリー・オペレーティングシステムのLinuxに不正流用することに財政面で積極的に関与してきた」

パラグラフ99:

「Linuxにとって、UNIX並みのスケーラビリティ、SMPサポート、フェイルオーバ機能、信頼性を実現する抜け道は1つしかない。つまり、我が社の所有財産であり企業秘密であるUNIXのソフトウェア・コードとライブラリを不当に引用、利用、流布することだ。いわば最初から敷かれている8車線のハイウェイを走るような楽な方法だ。事実、UNIXが主要なOSとしての地位を築き上げるまでには、原告の前任者であるAT&T Bell Laboratoriesの最高のコンピュータ専門家から始まった、数十年の弛みない努力があったのだ」。

以上の主張には一切妥当性がない。以後、本ペーパーではその点を立証したい。

技術に詳しい方なら、本ペーパーを読んで、Minix、GNUプロジェクト、Bell Labsリサーチ・バージョンなど、他にも知的所有権で保護されたUNIXがあるのになぜ取り上げられていないのか不思議に思われることだろう。しかし、どうか忘れないでほしい。本ペーパーはUNIXの歴史を学ぶチュートリアルではない。したがって、SCOの主張とかかわりのない歴史については省いてある。

歴史と技術的な背景

「UNIX」の意味

SCO/Calderaの主張の嘘偽りは、「UNIX」という言葉を3つの意味で使っていることから垣間見える。

技術者やコンピュータ・プログラマの間では、「UNIX」とは設計要素が共通する一群のコンピュータ・オペレーティングシステムを指す言葉である。いずれのシステムも、1969年にBell Labsで発明されたUNIXを祖先とし、それを模倣したものである(必ずしも派生物とは限らない)。SCO/Calderaが申し立ての中で述べているように、本格的なコンピューティングでは、UNIXオペレーティングシステムの独占状態が20年以上も続いている。この意味で言うと、UNIXは何百種類も存在しており、これは1つの言語にさまざまな方言があるのと同じようなものだ。幸い、今回の訴訟に関係する方言はほんの一握りだが。

この意味のUNIXに言及するとき、本ペーパーでは「UNIXファミリ」と表現することにする。Bell Labsで開発されたオリジナルのUNIXコードベースをSCO/Calderaが1995年に取得するまでは、どのUNIXファミリを説明するときでも、「UNIX」を使うのが一般的だった。AT&Tの弁護士は、1980年代初め頃から、そうした習慣を止めさせようと努力を続けたが結局徒労に終わった。本ペーパーで修飾子を付けずにただ「UNIX」と使っていたら、この「UNIXファミリ」の意味である。

「UNIX」は、もっと限定された意味で使われることもある(使うのはもっぱらコンピューティングの歴史を研究している人たちである)。この意味のUNIXは、Bell LabsのオリジナルのUNIXから派生させたUNIXファミリだけを指す。混乱を避けるため、本ペーパーではこの種のオペレーティングシステムを「起源上のUNIX」と呼ぶことにする。

法的な話をすれば、「UNIX」は1992年以来The Open Group(技術標準化団体)[2]の商標となっている。この場合のUNIXは、公開済みのUNIX標準に準拠していることが確認されたオペレーティングシステムのことを指す(起源上のUNIXであろうとなかろうと関係ない)。本ペーパーでは、この種のオペレーティングシステムを「商標UNIX」と呼ぶことにする。著作権帰属の明記が義務付けられていて、必ず「UNIXはThe Open Groupの登録商標です」と記載しなければならない。[3]しかし、The Open Groupのこの厳格な解釈は、守るよりも破る方が名誉である。

SCO/Calderaも旧SCOも、これまでUNIXの商標を所有したことはない。AIX製品をUNIXと呼ぶにあたって、IBMがSCOに許可を求めたこともなければ義務付けられたこともない。そうした判断を下すのは、Bell Labsソースコードを偶然手に入れた者ではなく、The Open Groupの義務である。

Linuxオペレーティングシステムは、UNIXファミリであり、一般にUNIXと考えられているが、起源上のUNIXでも商標UNIXでもない。Linuxは、Linus Torvalds氏が1991年に単独で開発したものである。[4]The Open Groupの標準に準拠しているか検証するにはかなり費用がかかるのだが、Linuxのほとんどのバージョンはこのような検証を受けていない。

しかし、Linuxが商標UNIXの標準に準拠していることはデモで示すことができる。かつて、Lasermoonという英国のLinuxベンダがそのデモを実施したことがあった。しかし、The Open Groupの規則では、オペレーティングシステムのバージョンが変わるたびに再テストしなければならないと規定している。Linuxの開発スピードを考えれば、標準準拠の認定を維持するだけで法外なコストがかかってしまう。

「Unix」と表記されることもあれば、「UNIX」と表記されることもあるが、開発者は前者を好む傾向がある。

Linuxとオープンソース・プログラミングの到来

今、ソフトウェア業界では地殻変動が起きている。そのことを踏まえないと、今回のSCO/Calderaの申し立ては理解できない。地殻変動の根源は、18か月ごとにハードウェア容量がほぼ倍になるという事実だ。この傾向は、1970年代中頃からずっと続いている。つまり、ソフトウェアの設計も、最先端のハードウェアに対応させるために、18か月ごとに複雑さが倍増するということだ。ソフトウェア・エンジニアリングの難しさは、以前には想像されたことのないレベルにまで達している。

1990年代中頃、ソフトウェアの従来の生産モデルは活力を失いかけていることが理解され始めた。ソフトウェアがどんどん複雑になっていく中で不具合を容認可能なレベルに抑えるのが困難になってきたのだ。当時、「ソフトウェア危機」とよく言われ、製造工程の改善でその危機を乗り切ろうとする動きがあった。

この改善は、主に、形式化、厳密さ、集中化、統計モニタリングをソフトウェアの開発工程に持ち込もうというものだった。この種の改善には、20世紀にりっぱな前例があった。流れ作業と産業用プロセス制御のシステム化に成功したのだ。しかし、ソフトウェアの生産は、自動車や石鹸のようにはいかない。産業用プロセス制御をまねたことがそもそも間違っていたのであり、こうした試みはすべて失敗に終わった。単に余分なコストを増やしただけで、不具合の発生率は減少しなかったのである。

思いがけない方面から救いの手が差し伸べられた。インターネットとUNIX関連のプログラマとエンジニアから成る結束の緩いコミュニティである。1960年代以来、インターネットとUNIXのハッカー[5]は、ソフトウェア開発の前提を覆したソフトウェア・エンジニアリングの先駆者であり続けている。

インターネット方式のソフトウェア・エンジニアリングは、大所帯のプログラミング・チームに作業を集中させるのではなく、少人数のプログラミング・グループに分散させる。工程を管理したり階層化したりするのではなく、各人の作業を互いに評価し合い、オープン・スタンダードを採用する。何よりも重要なのは、秘密主義を排除し、透明性と「オープンソース」コードを優先させることだ。

このような開発形態の前例は、1977年頃のBerkeley Unixや、1983年からのGNUプロジェクトや、1983年からのX Consortiumに見られる。3つとも、UNIXコミュニティ内で大いに流行した。Linus Torvalds氏は、1991年、定評ある伝統の中で、Linuxの開発に着手したというわけだ。

関係者全員が驚いたことなのだが、1997年を過ぎたあたりから、これがソフトウェア業界が探し求めてきた答え(少なくとも答えの重要な部分)であることが明らかになった。オープンソース・ソフトウェアに関する不具合発生率とコストが、クローズドソース・ソフトウェアに比べて大幅に低くなってきたからだ。[6]この新しい開発形態に、スキルの高いプログラマたちが大勢集まった。Linuxが爆発的な人気を博し、IBMがLinuxを採用したことは、オープンソース開発のダイナミズムの結果である。Caldera Systems International(現在の取引上の名称はSCO)自体も、Linuxの波に乗ろうとして設立されたのだ。

しかし、我々は「地殻変動」などという言葉を軽率には使用しなかった。それ以前の技術革命と同じく、即発効果の1つは、エコノミストのJoseph Schumpeter氏の有名な言葉「創造的破壊」であった。つまり、クローズドソース開発というレガシーモデルにしがみつく数多くの偉大なる企業のビジネスモデルを破壊したのである。

今日のソフトウェア業界の進化に多くの人は混乱している。これまでの技術革命とは正反対の方向に進んでいるからだ。これまでなら、生産の合理化と言えば、分散する家内工業を資本集中により工場体制へ向かう動きを伴うものであった。今回の動きは、工場体制から新しい形態の職人気質や個人主義に向かうもので、これを可能としたのは安価なPCとインターネットである。こうした動きの中で登場したのがLinuxである。

このプロセスは、SCO/CalderaやMicrosoftのような企業をパニックに陥れる。順応できなければ、すべてを失う立場だからだ。しかし、どんな公平無私なオブザーバーでも、のんびり眺めていられる状況ではない。実際何が起きているかと言うと、企業という規模の不経済がソフトウェア生産の世界で競争力を失いかけているのだ。ソフトウェア市場は、もっと効率的で新しい平衡状態を求めている。

SCO/Calderaの申し立ては、そうした淘汰のかけらにすぎない。今後、さらなる大変動があるだろう。嘆きと歯ぎしり、訴訟の嵐を経て、ようやくこのプロセスは完全に終結する。

Bell Labsコードベース

あるひとかたまりのコードとそれに関する知的所有権(IP)がある。元々Bell Labsが開発したコードで、その後1995年に旧SCOがNovellから購入したものだ。このIPは以前Unix Systems Laboratories(USL)が所有しており、その前はAT&Tが所有していた。本ペーパーでは、このIPを元々開発された場所にちなんでBell Labsコードと呼ぶことにする。

Bell Labsコードベースの内容はよく知られている。その歴史を振り返ってみると、AT&T/USL/Novellは非商用目的のライセンス侵害を黙って無視していたし、年輩のUNIXプログラマの多くはそのソースコードの海賊版を今でも保有している(本ペーパーの執筆者は、その気になれば複数のリリースを難なく手に入れることができる)。AIX、HP-UX、Solarisなど主要な起源上のUNIXのソースコードのコピーを入手するのは難しいことではない。そのコードベースの内容と、ソースコードの著作権や知的財産権の一般的パターンは、UNIXコミュニティではよく知られている。

2003年5月19日まで、SCO/Calderaと旧SCOは、Version 7 UNIXのソースコード(Bell Labsコードベースの後のすべてのバージョンの根源となったもの)を自社のWebサイトから無料でダウンロードできるようにしていた。[7]

ここで重要なのは、SCO/CalderaがBell Labsコードの所有権に基づいてLinuxに対して直接IPを主張していないという点である。Bell Labsコードの知的所有権でせいぜい主張できるのは、起源上のUNIXに関する所有権ぐらいである。ただし、その権利はSCO/Calderaの想定よりもかなり制限されたものになる。この点については、本ペーパーの後で触れる。

争点のUNIX派生物間の関係

ここでは、争点のUNIX派生物間の系統図を示す。

各種UNIX間の関係

この図[8]では、争点の主なUNIX一族を示している。起源的関係は矢印で示してある。

図の縦軸はリリースの年代である。横軸は各UNIXが属する系統である。図には示していないが、UNIXにはこの他にもたくさんの系統がある。SCO/Calderaの申し立てにかかわるものだけを図に示した。各系統について簡単に説明する。

AT&T系

Bell Labsコードベースから直接派生したUNIX。AT&T系の所有者は次々と変わっている。最初はAT&T自体だが、それからUnix Systems Laboratories(USL)、Novell、旧SCOへと移り、現在はSCO/Calderaである。

この系統の初期のリリース(Version 7、System III、System Vリリース1〜3、最後は1988年のリリース4)はAT&T自体が開発した[9]ので、これらはまとめて「AT&T UNIX」と呼ばれている。

その後のリリースは、一般に「UnixWare」と呼ばれている。Unix Systems LabsとNovellでそういうブランド名が付けられていたからである。[10]UnixWareは、1995年に旧SCOが購入し、その後2001年に旧SCOのサーバ部門と共にCalderaが購入した。Calderaは、独自のLinuxディストリビューションと並行してUnixWareも販売した。

AT&T系のUNIXはすべて、起源上のUNIXであり、商標UNIXであり、知的所有権で保護されている。

AIX系

AIXはIBM独自のUNIXで、最初のバージョンは1987〜1990年に開発された。起源上のUNIXであり、商標UNIXであり、知的所有権で保護されている。

SCO系

SCO独自のUNIXで、その起源は1979年にさかのぼる。元々の名前はXENIXであった。1995年にBell Labsコードベースを購入すると、旧SCOは2つのUNIXを販売した。XENIXコードをベースにしたOpenServerと、UnixWare派生物である。SCO系UNIXはすべて、起源上のUNIXであり、商標UNIXであり、知的所有権で保護されている。

BSD系

Berkeley System Distribution(BSD)は、カリフォルニア大学バークレー校で主に開発されたUNIXである。世界中の大学や研究所の何百名ものコントリビュータから提供されたコードが組み込まれている。

BSD UNIXは、今回の訴訟にとって重要である。その最新の3つの派生物は起源上のUNIXであるが、Bell Labsソースコードの所有権ではその3つに対して知的所有権を主張できないからである(理由については、本ペーパーの後で説明する)。

BSD系UNIXは、起源上のUNIXであるが、商標UNIXではない。いずれも、オープンソースである。

Linux系

1991年にフィンランドで産声を上げ、インターネットで開発が進められ、何千人もの人々が開発に寄与した。起源上のUNIXでも商標UNIXでもない(『Linux』は、Linus Torvalds氏の商標である)。オープンソースである。

SCO OpenServer(XENIXから派生したUNIX系統の最後)とSCO Unixware(AT&Tから派生したUNIX系統の最後)は、2つともSCOの製品である。しかし、XENIXは旧SCO独自のUNIXであるのに対して、UnixWareは旧SCOがAT&Tコードベースを購入したときに抽出したものである。図のOpenServer 5とUnixWare 7が破線矢印で結ばれているが、これは旧SCOがAT&Tコードベースを購入した後、OpenServer 5とUnixWare 2をマージする形でUnixWare 7が作成されたこと(5+2=7)を示すためである。

4.2BSDからSystem Vに赤の破線矢印が向かっているが、これは知的財産の盗難を表している。SCO/Calderaの前に利害関係者であったAT&Tは、BSD UNIXのコードをSystem Vに取り込んだが、そのとき著作権表記と著作権帰属を削除した。これは、バークレー・ライセンスの侵害である。この不正流用の結果については後で説明する。

UnixWare 7からAIX 5Lに青の破線矢印が向かっているが、これはMontereyプロジェクトでUnixWare 7のコードがAIXに組み込まれたことを示している。SCO/Calderaは、IBMがこのコードを不正に流用してLinuxに組み入れたと主張している。

オープンソースBSDからLinux 2.0への矢印は、両者がデバイス・ドライバとシステム・ユーティリティの一部を共有していることを示している。

図には示していないが、他にも主要な派生物としてSolarisがある。Solarisは、知的所有権で保護されたエンタープライズレベルのUNIXなので、どの技術がエンタープライズUNIXのための技術に入るのか、Solarisの機能を基準にすることができる。Solarisは、System VとBSDから派生したものである。2003年半ばの今でも、エンタープライズ市場で独占的地位を占めるUNIXである(Sun Microsystemsのサーバ・ハードウェアと一体で販売されている)。起源上のUNIXであり、商標UNIXであり、所有権で保護されている。

各社の歴史

1956年に、AT&Tは米政府に提訴された反トラスト訴訟を解決した。同意判決の下、AT&Tの事業は「公衆電気通信事業」だけに制限された。Bell Laboratoriesは、妥当かつ非差別的な条件でその特許の使用を許諾することが義務付けられた。[11]

この同意判決、つまり「最終判決」は、AT&TのBell Laboratoriesが1969年にUNIXの開発を始めた時点でも全面的に有効であった。

旧SCOは、UNIXの移植とコンサルタントを扱う会社として、1979年に設立された。SCOが初めて市場に出した製品はUNIXのIntel移植版で、1983年のことである。[12] [13]

1984年1月1日、Bell Systemが分割された。[14] 「最終判決」の旧体制が「修正同意判決」によって転覆した。AT&Tは、ソフトウェアビジネスに参入することが可能になり、実際にそうした。その年、AT&TはUNIXを商用製品として開発し始めた。

1990年、AT&TはUNIX System Vを扱う事業体AT&T UNIX Software Operationを再編成し、100%子会社のUNIX System Laboratories, Inc.(USL)とした。[15] [16] 翌年、AT&TはUSLの少数株式を選りすぐりの11社に売却した。[17] [18] [19]

1991年後半、NovellとUSLの間でジョイント・ベンチャーUnivelが設立された。[20] [21]

1993年、NovellはUSLを買収した。[22] [23]USLとUnivelは、NovellのUNIX Systems Groupの一員となった。[24]

Novellは、UNIXの商標をX/Open(後にThe Open Groupになる)に譲渡した。

1994年、Novellの社員が、Novellの創始者Ray Noorda氏の支援を受けて、Caldera Systems Internationalを設立した。Calderaの設立目的はLinuxディストリビュータになることで、業務市場とエンタープライズ市場をターゲットとした。

1995年、NovellはUnixWare事業を旧SCOに売却した。[25] [26]

1998年、旧SCOとIBMとIntelは、Intelの64ビットマイクロプロセッサItaniumにUNIXを移植するため、共同でMontereyプロジェクトを始めた。

1998年、IBMは自社初のアプリケーション(DB2)をLinuxに移植した。

2000年、Caldera Systems InternationalはLinuxの会社としてIPOを実施した。

2000年、IBMはLinuxカーネル開発のサポートを始めた。

2001年、SCOが分裂。SCOに残った社員はTarantellaに専念し、SCOブランドとSCO OpenServerとBell LabsコードベースはCalderaに買収された。

2002年、CalderaはSCOの名前で取引を開始した。

以後、本ペーパーでは次の用語を使用する。

Caldera Systems International

2001年にSCOのサーバ部門を買収する前のCaldera。

旧SCO

2001年に買収される前のSCO。

SCO/Caldera

合併後の会社

オープンソースに関するSCOの歴史

Caldera Systems International(現SCO)は、 オープンソース中心の会社として設立された。設立したのは、Linuxに熱心なNovellの元役員たちである。Linuxディストリビューションだけを製品としたが、そのCaldera Linuxは成功を収めることができなかった。商用Linuxディストリビューション市場は、Red Hat(ノースカロライナ州の会社)とSuSE(ドイツ生まれ)が独占していたからだ。2002年半ば、共同設立者で社長兼CEOのRansom Love氏が、SCOサーバ部門の買収に伴う大改造で退任に追い込まれた。

旧SCOは、Calderaに買収される前、独自のLinuxディストリビューションを生産しなかったが、1998年から2000年までオープンソース開発に関与した。CalderaとTurboLinuxに投資し、LinuxMallという人気のオンラインストアを買収し、そして世界のだれよりもオープンソースとUNIXの専門知識を提供していると自賛した。

Montereyプロジェクトの開始時点のプレス・リリース[27]で、Doug Michels氏(2001年にCaldera Systems InternationalにSCOブランドが買収されるまで社長として留まった旧SCOの共同設立者)は、次のように述べている。「共有開発という考えは、UNIXでは何年も前から広く普及しています。インターネットがそれを拡大してきました。そして今、オープンソースが共同開発を新しいレベルへと引き上げています」。彼の言うことに間違いはない。UNIXベンダがLinuxといったオープンソース・コミュニティを今後も受け入れ続けることが大切なのだ。当時は、SCOもよくわかっていた。

2000年からWebページ[28](その後削除される)上で、旧SCOは次のテーマを繰り返し展開した。「共同開発と共有ソースという考えは、UNIXシステム業界では最初から普及している。今日、インターネットがその傾向を大幅に拡大し、Linuxブームという活気にあふれた現象を導いている」。

「エンタープライズ・スケーラビリティ」の意味

SCO/Calderaは、申し立ての中で「エンタープライズ・コンピューティング」という用語を使っている。他にも似たような用語があるが、定義が間違っている。エンタープライズ・コンピューティングとは、運用の信頼性が非常に高いことを示唆するマーケティング用語だ。次の技術で構成されているのが普通である。

対称型マルチプロセッシング(SMP)

コンピュータ内の作業を複数のプロセッサチップに割り当てて処理する。すべてのプロセッサチップができる限り効率的に動作するように割り当てて、プログラムをできる限り短い時間で完了することを目的とする。

ジャーナリング・ファイルシステム

停電やほとんどの種類のハードウェア障害が発生してもデータが損失したり文字化けしたりすることのないように、ハードディスク・ドライブなどの記憶装置を管理するコードをオペレーティングシステムに組み込む。

論理ボリューム管理(LVM)

複数の物理ディスク記憶装置を1つの大きなディスク・ボリュームとして参照できるようにする。記憶装置を二重化し、エラーチェック機能を組み込んで、物理ボリュームのいずれかで障害が発生しても、すべてのデータを回復できるようにする。

不均等メモリアクセス(NUMA)

マルチプロセッシング・システムでマイクロプロセッサをクラスタ構成にして、メモリをローカルに共有する。パフォーマンスを向上させ、システムを拡張できるようにすることが目的。

ホットスワップ可能なハードウェア

システムの動作中、処理を中止しなくてもハードウェアの追加と取り外しができる。

64ビットプロセッサによる大きなメモリアドレス空間のサポート

大規模データベース

この他に、「透過的フェイルオーバ」や「高可用性」などの用語に出会うこともある。どちらも、上に挙げた技術を適用した結果もたらされる特徴である。コンピュータ・システムが内部エラーを検出し補正できるハードウェアを備える。

Solarisは、ハイエンドのエンタープライズ・スケーラビリティを備えるUNIXの業界基準で、上に挙げた機能をすべて備える。

SCO/Calderaはその歴史と立場を偽っている

真実ではないビジネス能力と技術能力を主張しているという点で、SCO/Calderaの申し立てには真実性の面で欠陥がある。その申し立てはきわめて巧妙に作成されており、UNIXの技術や歴史について詳しい知識を持たない読者を騙そうとするものだ。その主張は、都合の悪い事実を隠し、虚偽の内容をあいまいにほのめかし、また、いくつかの事例では明らかな偽りによって、誤った印象を与えている。

SCO/Calderaが重要な企業であったという主張は偽りである

SCO/Calderaの申し立てにおいて、争点をごまかそうとするたくらみは、パラグラフ1.(c)の最初から始まる「UNIXとSCO/UNIXは、『エンタープライズ・コンピューティング環境』で広く使用されている」という主張に見ることができる。

この主張は確かに事実ではあるが、旧SCO独自のUNIX(SCO OpenServer Unixware)を、SunやHewlett-Packard、IBMなどの競合他社のUNIXの市場シェアと区別していない点で、誤解を招くものだ。区別をしないことで、企業分野における旧SCOの市場シェアがかなりのものであったという印象を与え、その結果、申し立てにあるIBMの不正行為によってなされた推定被害を誇張している。

しかし、真実はまったく逆である。Bell LabsのコードベースをNovellから購入する前も後も、旧SCOが大きな企業市場シェアを所有したことはなかった。彼らの強みは、McDonald'sやBurger King、Pizza Hut、Ground Roundのような、フランチャイズ運用であった。これらの運用にあたっては、並列的な小さな展開が必要とされ、個々のサイトではエンタープライズ技術は必要とされない。

SCOの10Kを調査してみると、同社のすべての収入がエンタープライズ市場からもたらされていると仮定しても、同社の2002年の市場占有率が3.1%[29]を超えることはありえない。3.1%といえば、統計上の誤差と言ってもよいほど小さな数字である。

実際、SCO/Calderaの申し立てでは、同社が伝統的に得意としてきたのはスモール・ビジネスで使用されるローエンドのシステムであることを認めている。本報告書の主要執筆者は、1990年代のはじめSCO UNIXのコンサルタントを務めており、小さな町の警察署や、歯科医のためのシステムを構成していた。業界に詳しい人なら、これらが旧SCOのまったく典型的な活動であったことを知っているはずだ。さらに、SCO/Calderaの最新の10K[30]の一部分では、「我が社のビジネスは、フォーチュン1000社[31]の複製サイト・フランチャイジーを始めとするスモール・ビジネスにおいて、信頼性があり費用効果の高いLinux/UNIXオペレーティングシステムとソフトウェア製品を、Intelアーキテクチャ上で稼働するコンピュータの動力として導入したいという要求を満たすことに重点を置いている」と述べている。

SCO/Calderaの会社綱領に目立って抜けているのは、16-wayサーバやエンタープライズ・データセンタに関する話題である。実際、SCOがエンタープライズ市場において実績を持っていないという歴史は、1999〜2000年にIBMがLinuxへ関与し始めるずっと前から変わらない。それどころか、1991年のLinuxの起源にまで遡るものである。Linuxのエンタープライズ・スケーラビリティを向上させることに関するIBMの行為がSCO/Calderaに損害を与えたという同社の申し立ては、SCOの両方の具体化が失敗していることを考慮して判断されるべきである。それ以前の10年間以上にわたって、エンタープライズ市場において競争力を持とうとまさに真剣であったのだが。

SCO/Calderaが唯一のIntel UNIXベンダだったという主張は偽りである

パラグラフ23では、SCO/Calderaは、「大手UNIXベンダのうち、Intelベースのプロセッサ・チップセットで動作するUNIX『派生物』を開発したのはSCOだけである」と記述している。

これは誤りである。Sun Microsystemsは、だれが見ても第一のUNIXベンダであり、同社のSolarisオペレーティングシステムはIntel 386に移植され、そのプラットフォームで販売されていた。IBMのAIXもまた1987年にIntel 386に移植され、1995年[32]まで販売された。

申し立てでは、UNIXが一般的に旧SCO以外のPC上で利用できなかった、と誤解を招くような暗示をしている。しかし実際には、AT&T UNIXは6つを超えるソフトウェア会社によってIntelチップに移植されており、これは、DellなどのPCハードウェア・ベンダによって維持されている自社ブランドによる移植を計算に入れていない。

Linuxの登場によってそれらが無用となる1994年まで、主要執筆者は自身の知るすべてのIntel UNIXのオンライン製品比較リストを管理していた。最後の保存記録[33]によると、ベンダのリストの一部は次のようになっている。

Univel UnixWare Release 4.2
Consensys System V Release 4.2
UHC UnixWare Release 4.2
ESIX System V Release 4.0.4.1
Micro Station Technology SVr4 UNIX
Microport System V Release 4.0 version 4
UHC Version 4.0.3.6
SCO Open Desktop 3.0
BSD/386	1.0
NEXTSTEP 3.1
Yggdrasil Linux/GNU/X
Soft Landing Software

主要執筆者は個人的に、このリストのうちの2つ(MicroportとYggdrasil)に加え、Dellの自社ブランド移植による製品を使ったことがある。

1983年まで遡ってみると、Intel 386 UNIX市場において、旧SCOには、Interactive Systems Corporation(後にSun Microsystemsに買収された)という容易ならない競争相手が既に存在した。

旧SCOが唯一のIntel UNIXベンダなどではなかったことに加え、SMP UNIXの実現は1985年まで遡る。Sequent Corporationは当時、2〜30個の80386プロセッサを装備したマシン[34]を生産していた。これらのマシンには、Berkeley UNIXの一種であるDYNIXが使用された。

さらに、1991年の旧SCOのプレス・リリース[35](強調は筆者)から引用した次の文章について考えてみよう。

業界全体はもちろんのこと、ユーザ・ベース全体の利益のため、SCOは、Intelプロセッサに対応するすべてのUNIXシステム・ベンダに対し、SCO、USL、Intel、ISC、OSFと同様に、x86アプリケーションのためのiBCS-2規格をサポートするよう働きかけている。

従って、自分たちだけがPC向けUNIXのサポートを提供していたというSCOの主張は、単なる誤りではなく、意図的なひどいでたらめである。申し立てにおいては「第一の」などというあいまいな言葉を使ってごまかしてはいるが、これが嘘でなくなるわけではない。

SCO/CalderaはUNIXに対する権利の範囲を偽っている

SCO/Calderaはパラグラフ57で、「SCOは1995年にNovellからUNIX資産を取得したが、その際、(1)AT&T Bell Laboratoriesが開発したオリジナルのUNIXソフトウェア・コードに対する権利を獲得した」と申し立てている。

SCO/Calderaは、元となるBell Labsのソースコードを取得する前に、これらの権利が大幅に減じられたということにきちんと言及していない。1992〜1993年には訴訟があり、Unix Systems LaboratoriesとNovell(前の所有権者)が、University of California at BerkeleyとBerkeley Systems Design, Inc.を含む様々な団体を、4.4BSDオペレーティングシステム[36]の大部分の公開に関する著作権侵害や、企業秘密公開、商標権侵害で訴えた。

この訴訟は、BSDの配布差し止めを求めるAT&Tの要求が却下されたことによって決着し、BSD弁護側が勝つだろうと判事が考えていたことが明らかになった。するとUniversity of Californiaは、AT&TとUSLによるライセンス違反に対して逆訴訟すると脅した。歴史上のBell Labsのコードベースには、1985年のSystem V Release 4以前の段階から、BSDのソースから大量のソフトウェアが組み込まれていたようだ。同大学の訴訟の動機となったのは、AT&TやUSL、Novellが、ライセンス帰属や著作権を削除することでBSDのライセンス規約に日常的に違反していたという事実だ。

最終的な和解の正確な条件と裁判記録のほとんどは、Novellの強い主張によって封印された。しかし、主要な条件は、「Twenty Years of Berkeley Unix: From AT&T-Owned to Freely Redistributable(Berkeley Unixの20年:AT&Tの所有から自由な再配布が可能になるまで)」[McKusick99]に記述されている。そのディストリビューション内の18000のファイルのうち、3つだけがNovellの正当な所有物であるとわかり、除去された。その他は、自由に再配布可能と裁定され、今日のオープンソースBSDディストリビューションの土台を形成し続けている。

10年前、つまりLinuxが揺籃期にあった頃、法廷では既に、現在UnixWareとされているものに対する貢献は別の団体によるものが大きく、Novellのそのコードにおける所有権はとても小さいということがわかっていた。そのため、Novellの弁護団は、University of Californiaからの、面目を保つためだけの和解案を受け入れるか、あるいはまったくの手ぶらで立ち去るしかなかった。

もし今回の訴訟が進行するようなら、裁判官はAT&T対Berkeleyの訴訟における法廷と和解の記録を紐解いて、SCO/CalderaのIPクレームが無効になる程度を判断する必要がある。

この歴史はオープンソース・コミュニティの中ではよく知られている。歴史上のBell Labsのコードの所有権を持っていることによって、AIXなどの別のUNIXに対しても権限を持つことになると主張するSCO/Calderaを、過去のUNIX権利者たちが共通した侮蔑の目で見ているのも不思議ではない。現在、1993年の裁定を含むいくつかの法廷文書が、Web上[37]から入手できる。

もしSCO/Calderaの主張どおり、同社がAT&T/USL/NovellのUNIXに対する権利を継承しているなら、AT&T/USL/Novellの知的財産とはまったく関係のないUNIX設計の伝統に、多くのソースコードや技術実績が含まれる、という既判事項も継承していることになる。そして、AIXやLinuxに関わるIBMの行為が問題になるよりも7年も前に、少なくとも1つの最先端UNIXにおいてAT&T/USL/Novellが独占する利権は、他から得られた寄与と比較するととても希薄なものとなっており、主張しているような利権がもはや存在しなかったのだ。

法廷が、BSD訴訟の歴史や結果、そしてそれが意味するものを知らないでいて欲しい、とSCO/Calderaが願うのも無理はない。しかし、もちろんこの訴訟はSCO/Calderaのパラグラフ93に示されている「むしろ、IBMはAIXをオープンソースにしてはならない義務を負っている。AIXには、SCOが機密とし、知的所有権を保有するUNIXオペレーティングシステムが組み込まれているからだ」という主張と直接関係がある。

ここで暗示されている理屈は、「SCOの機密であり知的所有権を持つUNIXオペレーティングシステム」が、エンタープライズ・スケーラビリティの問題に関係した部分を含むAIXコード全体を包含するか、少なくとも大部分を包含し、そのためSCO/Calderaは非競争的な目的でさえ、IBMの通常のビジネス路線におけるUNIX使用に対して、過去にさかのぼって法規制を行使できるというものだ。

実際には、SCO/Calderaの主張は、3つの異なる規制の範囲を混乱させることを当てにしている。1つ目は、SCOの共有ライブラリに付属する権利で、主張の最初(パラグラフ36以降)で述べられており、その後すぐに説明から消えている。2つ目は、SCO/CalderaのSCO OpenServerコードベースの所有権に伴う権利である。3つ目は、SCOの歴史上のBell Labsソースコード(Unixware)の所有権に伴う架空の権利だ。

IBMのAIXにBerkeleyコードの大部分が含まれていることはよく知られているので(IBMはだれの目にも、Berkeleyコードに対するライセンス義務を満たしている)、SCO/Calderaの理屈はどう見ても非常に疑わしい。言い換えれば、その権利を証明し、SCO/Calderaを安心させるためには、IBMがオープンソース・コミュニティに与えたなんらかのコードが、IBMと旧SCOの双方によって共通ソースから合法的に取得されたものでないか、独力で開発されたものでない、ということを示す必要がある。

SCO/CalderaのUNIXスケーラビリティ技術を所有しているという主張には説得力がない

外部のソースから歴史上のBell Labsコードベースへかなりの寄与があったのは、実際には1985年のSystem V Release 4以前にまで遡るということは既に述べた。しかし、SCO/CalderaによるBell Labsコードベース全体の純粋な所有権を仮に認めたとしても、その申し立てで争点となっているスケーラビリティ技術のクラスを所有しているという同社の主張に説得力がないということは変わらない。

1990年以降、歴史上のBell LabsのコードベースがUSLやNovell、および旧SCOの間で放浪することになった最大の理由は、当時そのコードベースが、SolarisやIrix、HP-UX、Ultrixなどの新しいUNIXや、その他の新しいUNIXに較べ既に老化していたことにある。Vaxおよび3Bシリーズのミニコンピュータに対して設計されたBell Labsコードベースの最新バージョンは、1995年には既に時代遅れになっていた。これらの種類のUNIXの内部アーキテクチャは、現在では主に歴史的興味の対象となっている。SCO/Calderaと旧SCOが、「古代のUNIX」であるUnix Version 7のソースコードを自由に使えるようにしたことは既に述べたが、これはむしろ、オリジナルのUNIXコードが今日の市場においてなんらかの残存したIP価値があるという理論を投げ出すものだ(SCOは、これが同社の企業機密訴訟に悪影響を与えることを悟って、遅ればせながら2003年5月19日にこの提供を打ち切った)。

さらに、前に述べたように、多くのUNIX開発者は歴史上のBell Labsソースコードの、SVr1〜SVr4バージョンのコピーを所有している。そのため、エンタープライズ・スケーリングのコンポーネント技術について、Bell Labsのコードベースには、ジャーナリング・ファイルシステム(VxFS Veritasジャーナリング・ファイルシステムの形式)と、LVM(VxVMの形式)が含まれていると言うことができる。しかし、Intelプロセッサに対するSMPは、1995年にUnixWare 2によってやっと系列に加わった。PCIホットスワッピングに至っては、Unixware 7により1998年になって始めて登場した。

皮肉なことに、Linuxで使用可能になるまで、Intel上で使用可能なSMPはUnixWareにはなかった。UnixWareの実装は、1997年の中頃まで不安定[38]なものだった。一方、Linuxは2.0[39]のリリースによって1996年にはSMPに対応した。

64ビット・サポートについては、Linuxは1994年に実現した。つまり、IBMがLinuxの開発に関わるようになる5年前のことだ。SCO製品のどれも、2003年でまだこの機能を持っていない。

実は、UnixWareが1992年にJFSを獲得するまで、主要なエンタープライズ・スケーラビリティ技術は、いずれも古代UNIXコードには存在しなかった。SCOの申し立てでは、パラグラフ46〜48において、UnixWareをエンタープライズ・ユースにまで強化するために3年間(1995〜1998年)の開発期間を必要としたとほのめかしている。SCO自身の説明に基づけば、1989年から1995年におけるBell Labsのミニコンピュータを対象としたコードベースと、今日のPC上でのエンタープライズ・スケーラビリティへの課題との共通点は、第二次世界大戦時代のジープとF1のレーシングカーの間に認められる構造上の共通点よりも多いとは決して言えない。

スケーラビリティ技術を所有しているというSCO/Calderaの主張は、同社のUNIXの起源であるSCO OpenServerの機能リストからは、確かに支持できない。最新のバージョン[40]では、たった4つのプロセッサまでのSMP対応を喧伝しており(このプロセッサ数レベルは、SCOの主張では不適切なため取り上げていない)、LVMも、NUMAも、そしてホットスワッピングもない。すなわち、SCO/Calderaは、IBMがSCOの製品にはないSCO技術を不正流用したと申し立てているのだ。

SCO/Calderaは自身の役割を無視して、開発の動機付けを行うどころか、それを非難してはばからない

SCO/Calderaはパラグラフ82で、「ソフトウェア開発者や趣味でソフトウェアを開発している人の中で、Linux開発のために企業規模の設備やテスト環境を利用した人は事実上いない」と告発している。

この主張をするにあたり、SCO/CalderaはOpen Source Development Lab[41]のような機関の存在を軽率にも無視している。この機関は21の企業により設立され、それにはIntel、Hewlett-Packard、Cisco Systems、NEC、Dell、日立、およびIBMなどの技術系最大手企業が含まれている。OSDLは、ビーヴァートン、オレゴン、および横浜に研究施設を持っている。OSDLは、同社の最初の研究所を2001年1月(IBMがProject Montereyから手を引く4か月前)にオープンしている。2000年10月から2002年10月まで、後援者の1つはなんとCaldera Systems Internationalであった。

OSDLは、キャリア・グレードのデータ・センタLinuxに照準を当てたプロジェクトの支援に専念している。この機関は、100以上のプロジェクトをサポートしてきており、Linuxのスケーラビリティや性能改善、フェイルオーバに直接関与し、さらに、SCO/Calderaが申し立てている、IBMの介入なしにはLinuxには何の進展もなかったという当の技術分野に直接関係してきた。

OSDLの存在は、拡張性のあるLinuxに対する大規模ハードウェア・ベンダからの業界全般にわたる興味を証明するもので、IBMの関与があろうとなかろうと、開発を持続するためには十分なものだ。しかしそこには、より直接的なつながりがあるかもしれない。

OSDLの活動が軌道に乗った後、IBMには選択肢ができた。実証された専門家が不足している1つの小さな相手と手を組むか、エンタープライズ市場に焦点を当てるか、あるいはその道の経験が豊富な大企業の巨大連合体に加わるかである。

これは、明敏なIBMの戦略家が、本格的なLinux開発を持続し後の活動をサポートしていくうえで、旧SCOは最適な選択肢ではないと結論付けるのに十分な時期のように思われる。技術に明るい人物ならば、IBMがOSDLへ乗り換えた理由として、IBMのトップ重役による非道な反SCOの共謀というより、SCO自身がスモール・ビジネスの範疇を超えた専門知識を得るのに失敗したと考えるのが自然だ。SCO/Calderaがその権利を確立するには、OSDLへ乗り換えることが、ビジネス上当然の決定ではなかったということを示さなければならない。

しかし、Calderaが自ら仕掛けた罠にはまったという説明の方が、はるかに具体的で説得力がある。

対称型マルチプロセッシング(SMP)では、オペレーティングシステムが扱うことができるプロセッサが1つから2つになる。2から4、4から8、8から16と増やすのももちろん大変な作業だが、1から2へ増やすことに比べればはるかに簡単だ。つまりSMPは、1990年代初頭のLinuxと、SCO/Calderaがエンタープライズ・スケーリングとして特徴付けるLinuxを分ける、最も重要なポイントとなる。

Alan Cox(Linux開発の重要人物で、一般にLinus Torvaldsのチーフ・アシスタントと見なされている)は、1995年にSMPに関する初期の研究を率いていた。あるCalderaの社員からの公のニュースグループへの投稿によって間違いないと認められた[43]あるWebページ[42]では、彼が開発に使用したデュアルプロセッサ・マザーボードは、他でもないCaldera自身から提供されたということが明らかにされている。

このタイミングは注目に値する。旧SCOが、1995年に歴史上のBell Labsコードベースを取得したのとほとんど同時期に、Calderaはエンタープライズ・スケールのLinux開発に直接寄与し始めたのだ。これは、IBMが1999〜2000年にLinuxの開発に真剣に取り組み始めた5年前である。

Calderaは、2001年にSCOブランドを取得した。Calderaは、Project Montereyの中止から告訴までの間の18か月間以上にわたって、同社が配布したSCO Linuxにある、SMPが使用可能なカーネルから収入を獲得し続けた。

IBMが不正かつ非合法的に推進したと訴えているその開発において、Caldera自身が主要な役割を果たしていたということを、Darl McBrideと告訴者が当時知らなかったとしたら、彼らは無能である。また、それを知っていたとしたら、彼らの申し立てはほとんど詐欺のようなものだ。

SCO/Calderaは不正な表現でオープンソース・コミュニティの能力と業績を貶めている

ここまで見てきたSCO/Calderaの申し立てのほとんどは、LinuxとUNIXの開発者の間で嘲笑のみをもって迎えられた。訴状が公開されてから数週間、その文言はオープンソース・コミュニティの間にSCO/Calderaに対する怒りの嵐を巻き起こしてきた。ここでは、訴状の内容を詳しく検討する。

オープンソース・コミュニティの業績についての不正な表現

SCO/Calderaはパラグラフ75で次のように主張している。「『Linus』[原文のママ]という名称は、Linuxをコンピューティングの世界に紹介したLinus Torvalds氏にちなんで付けられたものである。」ここで「紹介した」という表現を使っている理由は明らかである。つまり彼らは、LinuxはLinus Torvaldsのオリジナルではなく、何らかの形でコピーされたもの、すなわちあらかじめ存在していたものだと思わせたいのだ。

同様に、SCO/Calderaは「GNUの主な目的は、有償の商用ソフトを基にフリーソフトを作ることだ」(パラグラフ78)とも主張している。どうやら、GNUのオリジナルな作品はただの派生物・複製物にすぎないと言いたいようだ。この主張は、Emacsエディタなどの大規模なGNUプロジェクトの存在を完全に無視している。そもそも、Emacsエディタを自社製品(しかもLinux製品だけでなくUNIX製品にまで)に載せているのは、他でもないSCO/Caldera自身なのだが。Emacsエディタは、同等の機能を持つどの市販製品にも先行していたのである。

彼らが示唆するどちらの主張も誤り以外の何物でもない。伝統あるBell Laboratoriesのコードを現在所有している立場をことさら重く見せたいがために、利己的にも他人の業績を貶めようとしている。さらに言えば、彼らの主張は、現在のオープンソースUNIXを共同で築き上げてきた何万(おそらくは何十万)もの熟練プログラマに対する明らかな侮辱である。

Linuxの現況についての不正な主張

パラグラフ85で、SCO/Calderaは次のように主張している。「たとえば、Linuxは現在4つのコンピュータプロセッサによる同時動作をサポートしている。一方、UNIXは通常16プロセッサをリンクし、最大で32プロセッサの同時動作が可能である。」

32プロセッサのSMPは、2000年には既にLinuxで実現されていた[44]。24プロセッサ演算(UnixWareの上限である8プロセッサ演算の3倍にあたる)であれば、Sun E10000を使ったデモが1998年に行われている[45]

さらに、現在SGIは、64プロセッサでLinuxを実行するAltix 3000クラスタコンピュータを出荷している[46]

IBM以前のLinuxの状況に関する主張の重大な不正

SCO/Calderaは、その訴状の大部分で、「(a)IBM以前のLinuxは、能力の低い素人が間に合わせに作った未熟なOSであった」という印象を与えることに腐心している。これによって彼らが言わんとしているのは、「(b)IBMが企業として関与したことによって初めて、Linuxは競争力のある製品になった」のであり、「(c)そのIBMの関与が効果を挙げたのは、Linuxなどとは比較にならないほど優れたBell Laboratoriesの初期のコードベースがあったからこそである」ということだ。

これら3つの主張はただ単に誤りというだけではない。世界中のLinux開発者に対するとんでもない侮辱である。彼らは、自らの労力と才能を注ぎ込むことにより、IBMの関与以前の8年間でLinuxを世界レベルのOSに育て上げたのだ。

こっけいなのはパラグラフ84からだ。ここでSCO/Calderaは次のように主張している。「IBMが関わる以前、Linuxはソフトウェアの世界で自転車のような存在だった。」

彼らのいうその「自転車」は、実際の計測で証明されているように、SCOのOpenServerよりもずっと速くインターネット上でデータを運ぶことができた。さらに、この「自転車」は、IBMが参加する3年前の1996年には、SCOのOpenServerにはないSMP機能を既に備えており、その実装はUnixWareよりも安定していた。

SCO/Calderaは次のように続けている。「一方、UNIXは高級車だった。Linuxの品質を企業ユーザの使用に耐えるものとするには、Linuxも高級車となるように設計を見直さねばならない。この設計の見直しを技術面のみならず事業面で現実のものとするには次の要件が満たされる必要がある:(1) 設計の統一性、(2)高度(高額)な設計および試験機器の利用、(3)UNIXのコード、方式、アイデアの利用、(4)UNIXアーキテクチャの知識、(5)財務的な裏付け。」

この主張は、「オープンソース・コミュニティは、共同で上質な作品を創り上げる能力に欠けた素人と未熟なプログラマの集まりだ」という仮定に基づいている。実際には、Linux開発者は、思考力、想像力、コーディング能力のどの面から見ても、旧SCOやSCO/Calderaの開発者よりも常に優れていた。だからこそ、旧SCOはLinuxのプロフェッショナルサービスをビジネスとして始めたのであり、OpenServerをLinuxアプリケーションに対応させたのである。そして、今同じ理由によって、SCO/Calderaは、ビジネスモデルを失ったことに気付き、資金を持ち、かつ与しやすいと判断した2つの組織に訴訟を仕掛ける手に打って出たのである。

では、SCO/Calderaが挙げている前提条件を順番に検証してみよう。

(1)設計の統一性

前に述べたように、Linuxが成功した背景には、ソフトウェア・エンジニアリングの主要な前提事項のいくつかを全面的に見直そうという動きがあった。オープンソース開発やLinux開発は非集約的な形態で進められているが、高度な設計の統一性はこの形態でも十分に実現し得る。これは現在では共通の認識となっている。また、このことは、Apache(約66%のマーケットシェアをもつWebサーバ)、PerlやPythonなどのスクリプト言語、そしてLinux自身など、数々のオープンソース・プロジェクトによって繰り返し証明されてきた。

SCO/Calderaは、Linuxのような開発形態では高度な設計の統一は不可能だと示唆している。だが、それは間違っているし、侮辱でもある。ほとんど詐欺といってもいい。SCO/Caldera(と旧Caldera)は、この告訴以前に8年間Linuxの開発に参加し、このLinux開発のプロセスを理解していることを自分自身の行動(Alan CoxにSMPハードウェアを提供するなど)によって示してきた。彼らは十分にわきまえているのだ。

(2)高度(高額)な設計および試験機器の利用

他でもないCaldera自身が便宜を図ったことにより、Linux開発者はこれらの機器を十分に利用できた。

(3)UNIXのコード、方式、アイデアの利用

既に述べたように、UNIXのコード、方式、アイデアの利用は、Linux開発の源泉であるオープンソース・コミュニティで一般的に行われている。また、この利用は、SCOの所有権や知的財産権にかかわりのないコードベースを介して行われている。30年以上の間、UNIX OSのアーキテクチャとアイデアを説明する技術資料は豊富に提供されてきた。UNIXシステムの内部の詳細とアーキテクチャは、大学のコンピュータサイエンスのコースで基本として教えられている。だいたい、旧SCOとSCO/Caldera自身がバージョン7のソースコードを無料で公開していた。それにより、大勢のプログラマが伝統あるUNIXのコード、方式、アイデアを合法的に利用することが可能になったのだ。

(4)UNIXアーキテクチャの知識

オープンソース・コミュニティには、UNIXアーキテクチャの知識を持つ人材が数多く参加している。人材に関しては、SCO/Calderaなど逆立ちしてもかなわないし、SCO/Calderaよりずっと大きなIBMでも同様だ。UNIXの設計と内部の詳細に関する膨大な資料は、四半世紀の間ずっと、いつでも利用可能だった。

Linux開発者のきわめて多数(Linuxの創始者を含む)が古いUNIXの専門家であり、彼らの経験は、1970年代から1980年代前半にかけてのUNIX草創期にまで遡ることができる。SCO/Calderaの言いがかりは、単に我々や我々の仲間に対する侮辱というだけでなく、重大な歴史の改ざんでもある。

(5)財務的な裏付け

これは素人目にはもっともらしく見えるし、比較的最近までは真実でもあった。だが、現在ではもはや真実とはいえない。オープンソース開発の特徴の1つは低コストなプロセスであることだ。スタッフにも食事や給料は必要なので、コストがゼロというわけにはいかない。だが、PCは安いし、オープンソース開発にかかる人的費用も、さまざまな組織やユーザ団体に広く分散できる。秘密保持のために高度に集約化した正式な管理組織を必要とするケースと比べれば、ずっと安上がりだ。

SCO/Calderaが頭を痛めていることの1つに、これまで自分が担ってきた役割、つまり資本と経営のスキルを提供する組織としての役割が時代遅れになりつつあるということがある。ソフトウェア開発はこの種の組織を必要としなくなってきている。SCO/Calderaは時代の流れに取り残されようとしているのだ。

SCO/Calderaはパラグラフ99で次のように続けている。「Linuxにとって、UNIX並みのスケーラビリティ、SMPサポート、フェイルオーバ機能、信頼性を実現する抜け道は1つしかない。つまり、我が社の所有財産であり企業秘密であるUNIXのソフトウェア・コードとライブラリを不当に引用、利用、流布することだ。いわば最初から敷かれている8車線のハイウェイを走るような楽な方法だ。事実、UNIXが主要なOSとしての地位を築き上げるまでには、原告の前任者であるAT&T Bell Laboratoriesの最高のコンピュータ専門家から始まった、数十年の弛みない努力があったのだ。」

これを見れば、この申し立てがいかに欺瞞に満ちているかは一目瞭然だ。SCO/Calderaは、自らをBell Laboratoriesの後継者に位置付けることによって事実をごまかそうとしている。彼らは、企業レベルでの運用に耐えるだけの品質をIBMに盗まれたと騒ぎ立てているが、Linux以外の彼らの製品はそのような品質を持っていないし、これまで持っていたこともない。さらにSCO/Calderaは、モントレー・プロジェクトから発した今現在の申し立てを、既に過去のものとなったBell Laboratoriesのソースコードに基づく申し立てであるかのように見せかけようとしている。

訴状の事実関係と論法に見られるその他の問題点

公開されている証拠はIBMによる悪用を裏付けるものではない

SCO/Calderaはパラグラフ90で次のように主張している。「企業向けソフト市場をサービス中心型に変容させる戦略の過程で、IBMは、UNIXの経済的価値、とりわけIntelベースのプロセッサ上で動くUNIXの経済的価値を故意かつ不当に貶めた。」さらにパラグラフ94では次のように続けている。「IBMは、SCOの機密情報や知的所有権情報をフリー・オペレーティングシステムのLinuxに不正流用することに財政面で積極的に関与してきた。」

我々はIBMの経営陣の心を読めるというつもりはない。だが、IBMのLinuxカーネルの専門家たちが自分たちへの通告をどのように考えていたかは知っている。2002年6月のSlashdotには、Dave HansenをはじめとするIBMマルチプロセッサLinuxチームスタッフへのインタビュー記事[47] がある。このインタビューで、彼らは、SCO/Calderaに告訴される9ヶ月前であるにもかかわらず、今まさに問題になっている点について発言している。

Q:IBM社内のLinux開発者として、あなたがたはAIXのソースコードを見る機会はありますか? もしあるなら、AIXのアイデアのいくつかを「盗んで」、それをLinuxに取り込むことはできますか? そうしないとしたら、それはなぜですか? IBMの公式な基準はどのようになっていますか?

A:第一に、我々がLinuxに何か貢献しようという場合は、その前に「オープンソース開発者」のクラスを受講することを求められる。このクラスでは、オープンソース・コミュニティに参加するのに必要なガイドラインを教えている。このガイドラインには、IBM自体のガイドラインとともに、IBM内で他から習うオープンソースについての内容も含まれる。

我々が、会社の所有物であるコードをオープンソース・プロジェクトにカットアンドペーストしたり、その逆を行ったりすることは一切許されていない。IBMには社内の委員会があって、IBMが所有する技術や特許で保護されている技術(RCU[48]など)を公開する許可はそこが管理している。

公開されている証拠によれば、企業レベルのスケーラビリティをLinuxで実現するための鍵となる5つの技術のうち、IBMが伝統あるBell Laboratoriesのコードから盗用したといえるものは1つもない。その5つの技術とは次のとおりである。

対称型マルチプロセッシング(SMP)

既に見てきたように、Linux SMPは、Caldera自身が提供した機器を使ってAlan Coxらによって開発された。

ジャーナリング・ファイルシステム

IBMのジャーナリング・ファイルシステム(JFS)は、IBMがIBM自身のOS/2とAIXオペレーティングシステムにあったものを提供した[49] だけで、初期のUNIXから引っ張ってきたものではない。

さらに、Linuxには、IBM提供のもの以外に、Red Hat、Namesys、SGI提供の3つのジャーナリング・ファイルシステムがある。これら3つはいずれも企業レベルでのスケーラビリティを実現するのに十分であり、実際最も広く使われているのは、(IBMのJFSではなく)Red HatのEXT3ジャーナリングシステムである。

論理ボリューム管理(LVM)

記録されている[50] とおり、LVMのためのIBMの方法は、Linus Torvaldsが別の方法を支持したため、Linuxには採用されなかった。したがって、たとえIBMが旧SCOのLVMテクノロジを利用できたとしても、悪用の試みは意味をなさない。

非均等型メモリアクセス(NUMA)

IBMのNUMA技術は、旧Sequent社のNUMA-Qテクノロジとその他の企業(SGI、NEC、富士通など)の技術に由来[51] していて、伝統あるBell LaboratoriesのコードベースやSCOが開発した技術には由来していない(どちらにもNUMAは存在しない)。この件については、SCO/CalderaがIBM以外の企業をいかに蔑ろにしているかも注目だ。

ホットスワップ

PCでのホットスワップ機能は、そのためのハードウェア機能の有無に依っている。一般に、ハードウェアがホットスワップをサポートしていれば、すべての現代的なUNIXは独立したネイティブ機能としてホットスワップを利用できる(ただし、Bell Laboratoriesのコードはホットスワップに対応していない)。

企業レベルのスケーラビリティを実現するためのSCOの技術をIBMが盗用したというSCO/Calderaの申し立ては、次の2つの事実に基づいて判断されるべきである。(a)Bell Laboratoriesのコードベースには、LVMもホットスワップも存在しない。(b)SCO OpenServerのコードベースには、JFS、LVM、NUMAのいずれも存在しない。

明確さを避けた暗示的表現

SCO/Calderaは、Linuxのライセンスをめぐる対IBMの争いの明確な事実の背景として、特許、著作権、営業秘密、商標などの法律に基づく知的財産権をLinuxについて所有していることをその訴状で暗示している。これは、「SCOの知的所有権下にあるソフトウェアを悪用および不正流用し」などのフレーズや、パラグラフ68で5種類の権利を列挙していることに見られる。

訴状では、申し立て内容が何を意味しているかを実質的には述べていない。これは注目に値する。既に見てきたように、USL/Novell対BSDの訴訟の結果、このような権利の存在はきわめて疑わしくなった。だが、SCO/Calderaの表面的遠慮には検証を要する他の理由がある。

1つは、SCO/Calderaが自身のWebページ上で「排他的ライセンス」などのフレーズを使うことによってそう思わせようとしているにもかかわらず、SCO/CalderaはUNIXの商標を所有しておらず商標権の支配もしていないことだ。既に見てきたように、この商標(と商標権の侵害でIBMを訴える権利)は、The Open Groupに帰属する。

さらに、『GNU General Public License』の条項により、SCO/CalderaはSCO/Caldera自身がこの8年間販売してきたLinuxカーネルにかかわるテクノロジに関して、著作権侵害や特許侵害の申し立てを起こすことはできない。したがって、SCO/CalderaがSCO所有のソフトウェアを不正流用してLinuxカーネルを改良したかどでIBMを訴えることができるのは、皮肉にも、その改良されたはずのLinuxカーネルが当該のソフトウェアに組み込まれていない場合だけである。

最後に、SCO/Calderaは、Linuxカーネルの内容に関して、営業秘密侵害の申し立てをすることもできない。これは、Linuxカーネルのソースが一般に入手可能であるということだけでなく、SCO/Calderaが自社のLinuxカーネルのソースを自社のWebサイトからダウンロードできるようにしてきたことからも明らかである[52]

SCO/Calderaは、法律上の事実として、SCO OpenServerのバイナリ・ディストリビューション(ソースコードの形で提供されたことはなく、GPLの支配下にもない)に関する所有権は明確に保有している。これらの権利について論議することはこのポジション・ペーパーの目的ではない。しかし、SCO/Calderaがこれらの所有権を使ってLinuxに脅威をもたらそうとする限り、我々は事実に基づき、彼らを支持しない立場を貫く。

実際、SCO/Calderaの訴状は、不法行為およびライセンス契約違反の申し立ての争点である「SCO/Calderaが実際に所有している権利は何か」という問題を、体系的に読み違えさせ、あいまいにする効果を狙っている。ここには、第三者をだまして、SCO/Calderaが申し立てを起こす正当な権利を有していると思い込ませようという明確な意図が見られる。

しかし王様は裸だ。SCO/Calderaの主張は煎じ詰めれば、「SCO/Calderaは自社のダウンロードサイトで技術を無料で提供してきた。だが、その同じ技術をオープンソース・コミュニティに公開する権利はIBMにはなかった」という主張に収束していくのは明らかだ。

いったいだれがUNIXの所有者なのか

だれがUNIXの所有者なのかという問題は、激しく、そしてこの問題を知らない人にとっては理解しがたい情熱を喚起するのが常であった。このドラマは、単にお金や企業の競争戦略の話ではない。UNIXコミュニティで自分が行った作業の所有権とはどんな意味なのかを問う話なのだ。UNIXコミュニティとか、所有権の意味とかいう話は、SCO/Calderaの申し立ての問題に大いに関係してくるので非常に力がこもる。

UNIXは、1969年にBell Laboratoriesのコンピュータ科学者の手によって産声を上げた。1975年以降、その開発の多くはBell Labs以外のコントリビュータによって行われた。特に、カリフォルニア大学バークレー校をはじめ学界の人たちが寄与した。しかし、AT&Tはその集団作業の成果を公式に所有し続けた。実際、1983年以降5年にわたってその成果を製品として商用化しようとしたが、おおむね無益な探求に終わった。製品化は、Sun Microsystemsやその他のライセンス保有者(旧SCOやIBMなど)の手によってはるかに効率的に行われた。

Unix商用化の初期の頃でさえ、UNIXコードベースは多くの人の手による共有財産であると広く認識されていた。時が経つにつれてUNIXが進化すると、AT&Tが保有するソースライセンスは過去の遺物と捉える向きが多くなった。共有財産のうちAT&Tが支配する部分に対してまだ貢献の余地があると譲歩する考えもあったが少数派であった。この傾向は、バークレー校のハッカーが1980年頃にUNIXにインターネットの機能を追加してから特に顕著になった。

商業化される前のリリースで成長してきたUNIXハッカーのコミュニティは、倫理的に言えばUNIXコードは自分たちのものだという信念を決して失わなかった。ライセンスに何が記載されていようと、アイデアを出し、それをコード化してきたのは自分たちなのだ。1993年にUSLとバークレー校の間で訴訟が起こされたが、その結果はBSDソースコードに対するAT&Tとその後継者であるNovellの主張を危険なものにした。UNIXハッカーのコミュニティでは、この訴訟は単純で時代に取り残された裁判と認識された。

このため、1975年から1995年頃にかけて、UNIXベンダとUNIXハッカーは共生と敵対が半々という関係になった。UNIXハッカー(自分の技術を実践する場としてベンダが提供する仕事を必要とした)は、勉強と問題解決のために海賊版のUNIXソースを仲間内で自由に交換することで、所有権に対する信念を表現した。UNIXベンダ(仕事の穴を埋めるためにUNIXハッカーを必要とした)は、素知らぬ顔をした。大切な知的財産が大量に盗難されても、それが身内に留まり、だれの懐も傷まなければ、普段は黙認していたのだ。しかし、この歴史を考えると、Bell Labsソースコードに基づいて企業秘密を申し立てるなら、その態度は実に不正直と言わざるを得ない。

両者の暗黙の停戦は、1990年以降崩壊し始めた。PCの登場で、ハッカーが企業のインフラストラクチャと資本集中を必要としなくなったのだ。それらがなくても、自分のスキルを磨くことができるからだ。USLとバークレーの訴訟は、ハッカーが勝ち取った最初の大きな対決であった。和解条件の下、バークレーのソースコードとUNIXの伝統は法的自治を得た。それは、UNIXプログラマの心の中に常にあり続けたものだ。

2つの関連する開発が、1990年から1995年まで同時に進行した。1つはオープンソース開発の誕生で、もう1つはBell Labsコードベースの老化だ。UNIXベンダは、AT&Tの後任の利害関係者からUNIXソースコードのライセンスを購入することで、Bell Labsコードベースに敬意を払い続けた。しかし、LinuxとオープンソースBSDの登場により、先祖代々のUNIXソースを譲渡してもらうのは、弁護士たちが興じる意味のないゲームという感が強くなった。UNIXハッカーのためになるものはほとんど残されていない。技術面について言えば、UNIXの伝統の最前線はどこか別の場所(Linuxなど)に移動してしまった。ベンダにしろハッカーにしろ、実際にはもうだれもBell Labsソースコードを必要としなくなったわけである。

旧SCOを経営していた保守的なUNIXハッカーが1995年にBell Labsソースコードを購入したが、その行為はほんのちょっと賢いマーケティングというのがおおかたの見方であった。中には、懐に余裕のある技術者の郷愁の旅と捉える向きもあった(これは、正しいとは言えない。我々にオフレコで話してくれた旧SCOの従業員は、Calderaは旧SCOのチャネル・パートナーとディストリビュータのネットワークにアクセスする権利も購入しようとしていたと語った)。当時(「オープンソースに関するSCOの歴史」で述べたように)、旧SCOにはLinuxを理解し承認しようとしていた形跡がある。

しかし、今SCO/Calderaを経営しているのは、UNIXの使い手ではない。繰り返すが、SCO/Calderaの申し立ては「だれがUNIXの所有者なのか」という疑問を議論の表舞台に押し出した。今回、ハッカー・コミュニティにはオープンソースの新しい世界を理解する企業同盟(IBMもその中に含まれる)を得ている(各企業とも、技術の所有者としてUNIXハッカーを尊敬すれば、自分たちの事業の利益になると理解している)。

SCO/Calderaの申し立ては、厚かましい嘘八百で満ちており、知的所有権で保護されたUNIXの最後のあがきである。UNIXの伝統を受け継いでいく資格があるのは、それを何年も前に確立した我々オープンソース・コミュニティ(およびその同盟企業)である。UNIXの伝統に対して排他的所有権を求める企業の主張が、一刻も早く最終決着することを願うばかりである。

基本的方針と勧告

SCO/Calderaに有利な判決が下った場合、オープンソース・コミュニティは深刻な損害を蒙ることになる。SCO/Calderaはさらに広い範囲の訴訟をほのめかしており、Linuxは知的財産権訴訟の地雷原になるおそれがある。Linuxのユーザも関連組織も、これまで気にする必要のなかった知的財産権の申し立てに始終悩まされることになるだろう。プログラム・コードを書いただれかとほんの少し関係を持つだけの不心得者たちが、今回よりもさらに荒唐無稽な理屈で権利申し立ての訴訟を行うようになるだろう。

我々はそのような事態を看過することはできない。オープンソース・コミュニティは今日のUNIXコードの大部分を書き、その事実は1993年の裁定に基づくAT&Tの権限制限により認められている。SCOが勝訴するようなことがあれば、我々はコミュニティの側に立ち、それが途方もない不正義であることを訴える。我々は、UNIXやLinuxのコードを友人やその他の人々への贈り物あるいはアートとして書いてきた。それは、友人に楽しんでもらったり、営利・非営利を問わず人々に自由に活用してもらったりするためだった。決して、8年間我々の才能から利益を得た後で手のひらを返し、我々の能力を侮辱するような恥知らずのために書いたのではない。

オープンソース・コミュニティに対する損害が問題なのは、オープンソース・コミュニティこそが今日のソフトウェア革新の主な発信源であり、オープンなインターネットの守り手であるからだ。現在、政治、ビジネス、個人同士のコミュニケーションの分野で、政府や企業はデジタルメディアに対する集権的支配を強めてきている。オープンソース・コミュニティは、このような支配からすべての人々を守る自治社会のようなものだ。我々の創造エネルギーによって、コンピュータとネットワークは、より新しくよりエキサイティングに生まれ変わっていく。我々の文化の在り方そのものが持つ活力が、明日の展望を生み出す源になっている。

この35年間にUNIXに携わってきた開発者、現在のLinux開発者とオープンソース開発者、そして世界中のすべてのインターネットユーザのために、我々は法廷の裁定に関して次のことを希望する。

  • SCO/Calderaによる対IBM告訴を敗訴とする。あるいは、告訴の却下か略式裁判の命令によりIBMの勝訴とする。

  • SCO/CalderaはこれからもLinuxに寄与する技術に対して所有権を申し立てるおそれがあるが、このような申し立てを排除する条件の下で裁定を行う。

  • 以下の事実を確認する。SCO/Calderaは、USL/Novell対BSDの係争を密かに再訴訟に持ち込むことはできない。したがって、SCO/Calderaは、伝統あるBell Laboratoriesのソースコードに対する所有権を持っているからといって、オープンソース・コミュニティとUNIX開発者の自由な作品に対して権限や所有権を持つわけではない。

さらに我々は、SCO/Calderaの告訴は故意の虚偽であること、その虚偽の程度はユタ州および連邦の民事訴訟手続規則11に基づく処罰の対象になるレベルだということも言い添えておく。

OSIは、ソフトウェア知的財産が持つ広範な問題を一般化したうえで裁定することが法廷の権限であることは認めつつ、今回の問題についてそのような一般的裁定を求めているわけではない。ことさらにソフトウェア知的財産の法理論全体に疑義をはさんだり、再構築を試みたりしなくても、我々の主張に沿って法廷が裁定を下すための論拠は、UNIXの歴史自体で十分説得的かつ具体的である。

参考文献

[TNHD] The New Hacker's Dictionary. Third Edition. Eric S. Raymond. Copyright © 1996. ISBN 0-262-68092-0. MIT Press. 547pp.. HTML版がJargon File Resource Pageで参照できる。
(邦訳:福崎 俊博 訳 『ハッカーズ大辞典』、アスキー、ISBN 4-756-14084-X)

[CATB] The Cathedral and the Bazaar. Second Edition. Eric S. Raymond. Copyright © 1999. ISBN 0-596-00131-2. O'Reilly & Associates. 240pp.. Linuxの開発モデルとはどのようなもので、なぜ成功したのか。 HTML版は ここ
(邦訳:山形 浩生 訳 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』、光芒社、ISBN 4-895-42168-6)

[TAOUP] The Art of Unix Programming. Second Edition. Eric S. Raymond. Copyright © 2003. ISBN 0-13-142901-9. Addison-Wesley. 240pp. 現在執筆中、2003年10月に出版予定 原稿のHTML版はここで参照できる。

[McKusick99] Open Sources: Voices from the Open Source Revolution. Sam Ockman and Chris DiBona. Copyright © 1999. ISBN 1-56592-582-3. 280pp. O'Reilly & Associates. “Twenty Years of Berkeley Unix”. From AT&T-Owned to Freely Redistributable. McKusick Kirk Marshall. Webで閲覧可能(邦訳はここ)。
(邦訳:『オープンソースソフトウェア―彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか』、オライリー・ジャパン、ISBN 4-900-90095-8)

付録:作業進行中

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[2] The Open Groupが所有する商標のリストはhttp://www.opengroup.org/legal.htm#The Open Group's Trademarksから入手可能。

以前のSCOは、OpenServerとUnixWareをUNIXと呼ぶことができた。これらのソースコードはThe Open GroupによるUNIXブランド認定のテストに合格しているからだ。詳しくはhttp://www.unix.org/what_is_unix/the_brand.htmlを参照のこと。

The Open Groupが保持している、登録済みのUNIX製品のベンダのリストはhttp://www.unix-systems.org/vendors/で参照できる。

[3] The UNIX System -- Trademark Usage -- Unix trademark(UNIX System -- 商標の取り扱いについて -- UNIX商標)

[4] 厳密に言えば、Linusが書いたのはLinuxカーネルである。彼とその仲間が、既存のソフトウェア(多くはFree Software FoundationのGNUプロジェクトが書いたり、スポンサーになったりしたもの)とこのカーネルを組み合わせて、1つのOSを完成させた。

[5] ここでは、“ハッカー”という語を本来の正しい意味で使用している。つまり、コンピュータ・プログラミングのエキスパートもしくは職人のことだ。

[6] このトピックに関して最もよく知られている論文がFuzz Revisitedである。

[8] このUNIXの相関図に含まれる各要素は Unix History Timeline(UNIX年表)からの引用である。

[9] 歴史についてさらに詳しくは、The Creation of the UNIX* Operating System: Early versions of the UNIX* System(UNIX* OSの誕生:初期のUNIX*システム)を参照してほしい。

[10] UnixWare Frequently Asked Questions (General)(UnixWareのFAQ(一般))

[11] Trudy E. Bell著、The Decision to Divest: Incredible or Inevitable?(売却を決定――避けられない事態か?)(IEEE Spectrum Online、2000年6月、Volume 37、Number 6からの転載)

[12] History of SCO(SCOの歴史)

[13] History of Tarantella, Inc.(Tarantella社の歴史)

[14] AT&T History - The Bell System(AT&Tの歴史――The Bell System)

[15] USO renamed UNIX System Laboratories, Inc.(USOがUNIX System Laboratoriesに改名)、ニュース・リリース、1990年6月25日

[16] The Creation of the UNIX* Operating System: Business gets the word(UNIX* OSの誕生:ビジネスの世界へ)、Lucent Technologies

[17] 11 computer companies purchase equity in UNIX System Labs(コンピュータ会社11社がUNIX System Labsの普通株を購入)、ニュース・リリース、1991年4月3日

[18] Annual meeting in Chicago; AT&T income up 6.6 percent(シカゴでの年次総会:AT&Tの収入が6.6%アップ)、ニュース・リリース、1991年4月17日

所有権の売り上げ増加により、UNIX System Laboratoriesの収入は4300万ドル増加した。

[19] The Creation of the UNIX* Operating System: UNIX moves on(UNIX* OSの誕生:UNIXの躍進)、Lucent Technologies

[20] Novell and USL to form joint venture for UNIX and Netware、ニュース・リリース、1991年10月15日

[21] Novell and Unix System Labs create Univel, a networking company(NovellとUnix System Labs、ネットワーク会社のUnivelを設立)、ニュース・リリース、1991年12月12日

NovellとUSLは、新会社であるUnivelに資金と技術権を提供しており、NovellはUnivelの株式の55パーセントを所有している。このジョイント・ベンチャーの資産情報の中には非公開のものもあるが、Univelが現金3000万ドルとその他の資産で引き受けられたことは両社とも認めている。

さらにUnivelは、技術リソースや教育、トレーニング、販売、マーケティング、流通に関して、親会社2社のノウハウを利用できる。

[22] Novell signs letter of intent to purchase UNIX System Labs(NovellがUNIX System Labs買収の意思を表明)、ニュース・リリース、1992年12月21日

[23] Novell signs definitive agreement to buy AT&T's UNIX System Labs(Novell、AT&TのUNIX System Labs買収に正式に同意)、ニュース・リリース、1993年2月16日

[24] Novell completes acquisition of UNIX System Laboratories(Novell、UNIX System Laboratoriesの買収を完了)、ニュース・リリース、1993年6月14日

[25] HP, Novell and SCO To Deliver High-Volume UNIX OS With Advanced Network And Enterprise Services(NovellとSCO、高度なネットワーク/エンタープライズ・サービスを備えたハイ・ボリュームのUNIX OSを発表へ)、Novellプレス・リリース、1995年9月20日

NovellからUnixWare事業を買収したSCOは、自社のSCO OpenServerシステムとNovellのUnixWareを統合して、HP-UXと共通のインタフェースを提供するハイ・ボリュームのIntelベースUNIX OSを完成させようとしている。

[26] Novell Completes Sale of UnixWare Business to The Santa Cruz Operation(Novell、The Santa Cruz OperationへのUnixWare事業の売却を完了)、Novellプレス・リリース、1995年12月6日

Novell社は現在までに、1995年9月に報告された合意を完結させる形で、The Santa Cruz Operation(SCO)社へのUnixWare事業の売却を完了した。この合意により、NovellはSCOの普通株を約610万株所有することになり、結果的に、流通しているSCOの資産株のうち約17%の所有者となった。この合意はさらに、売却したUnixWare事業の収益状況に応じて、NovellがSCOから収入を受け取ることができると定めている。この収入は、現時点の純利益で8400万ドルに満たないもので、2002年末で終了する。

[29] SCO/Calderaは、2003年1月27日に年間報告を発表した(ここからオンラインで参照できる)。収入は19ページで詳しく扱われており、2002年度の総額は6420万ドル、うち「製品」によるものが5300万ドル、「サービス」によるものが1130万ドルとなっている。

Unix市場の規模をドルで表したものが、2003年2月10日にCNETの記事"Sales Increase for U.S. Linux Servers(米国のLinuxサーバの売り上げが増加)"(http://news.com.com/2100-1001-984010.htmlからオンラインで参照できる)に掲載された。2003年度の試算は16.9億ドルである。

製品による収入5300万ドルを試算の16.9億ドルで割ると、3.14%である。仮に、以前のSCOの収入がすべて"Unixサーバ市場"からのものだとすると、SCOの市場でのシェアは3.8%(すなわち、64.2ドル÷1690ドル)以上ではありえない。

[31] McDonaldがよい例である。McDonaldチェーンはかつても(おそらく)今も、SCOの最大の顧客である。

[34] http://www.cs.berkeley.edu/~culler/machines/sequent2.pshttp://www.cs.berkeley.edu/~culler/machines/sequent2.ps

[36] Unix System Laboratories v. Berkeley Software Design, Inc.、1993年、U.S. Dist. LEXIS 19503; 27 U.S.P.Q.2D (BNA) 1721、1993年5月30日。これに続く訴訟は、832 F. Supp. 790、1993年9月7日であるが、その大部分は国家主権免責に関する判決であり、この摘要には問題との関連はない。

[40] http://www.caldera.com/products/openserver/enterprise.html:「Support for systems with up to 4 CPUs(CPUを最大で4台まで搭載したシステムをサポート)」という文章に注目してほしい。

[44] 32プロセッサのSMP Linuxマシン(ただし実行時には31プロセッサのみアクティブ)の日付付きブートログが、http://lists.insecure.org/linux-kernel/2000/Sep/5014.htmlで紹介されている。

[48] RCU(Read-Copy-Updateの略)は、IBMによる買収以前に米Sequent社が開発したマルチプロセッサ技術である。

[50] http://lwn.net/Articles/14215/で「EVMS」を検索してほしい。

[51] NUMA技術については、http://news.com.com/2100-1001-982651.html?tag=fd_topを参照。