オープンソースAIを基盤とした開かれたAI社会とデジタル主権を構築するための公開提言 ― 米中依存のリスクを低減し、透明性・自律性・競争力あるAI基盤を構築 ―

一般社団法人オープンソース・グループ・ジャパン(OSG-JP)は、日本国内におけるオープンソースの普及と発展を目的とする非営利組織であり、四半世紀に渡って開かれたデジタル社会の実現に対して微力ながら貢献してまいりました。

その過程における知見から、我々はAI分野における透明性、協調性、そして持続的なイノベーションを担保する上で、オープンソースのアプローチが不可欠であると確信しております。この信念に基づき、OSG-JPはオープンソースの定義とライセンス承認を担う国際的な権威であるOpen Source Initiative(OSI)が策定した「オープンソースAIの定義」(OSAID: Open Source AI Definition)の共同設計プロセスに深く関与し、その最終版に対して正式な支持を表明しております。このOSAIDの正式な公開から一周年を迎えましたが、AIシステムが真に「オープンソース」であると認められるための世界的な基準であるOSAIDが、AI技術とエコシステムの発展に伴い求められる透明性とアクセス可能性を担保すると考えます。

本提言は、AI技術が国家の産業競争力と安全保障を根底から左右する現代において、その開発と普及に関する日本の国家戦略が極めて重要な岐路に立っているとの認識に基づいており、AIの進化がもたらす恩恵を最大化し、同時にそのリスクを適切に管理するために、技術開発の根幹をなすアプローチそのものを我々の立場や知見から問うものであります。さらに、本提言は内閣府による「人間中心のAI社会原則(統合イノベーション戦略推進会議決定)」の趣旨にも高い水準で適合しており、このオープンソースの国際標準であるOSAIDを日本のAI政策の基盤と位置付けることが、我が国が直面する課題を克服し、国際社会におけるリーダーシップを確立することに寄与すると考えます。

AI時代におけるオープンソースの戦略的価値

オープンソースは、もはや単なるソフトウェアライセンス若しくはそのライセンスの効果を享受する開発文化という枠組みを超え、現代のデジタルインフラの根幹を成す実証済みの経済モデルでもあります。その価値は、ハーバードビジネススクールとLinux Foundationによる共同研究によれば、オープンソース・コミュニティによって生み出される価値に対し、それらを基盤として企業や個人が製品やサービスを構築することで生まれる「需要側」の価値が実に8.8兆米ドルにも達すると試算されています。

この驚異的な価値創出の背景には、開発コストの劇的な削減、参入障壁の低下による競争の促進、そして地理的制約を超えた世界中の開発者の協働体制というオープンソースのコミュニティが持つメカニズムが作用していますが、これにより、単独の企業や国家では到底成し得ない規模と速度のイノベーションが生み出されてきました。この成功モデルは、AI開発の領域においても同様の効果をもたらすことが期待され、特に巨額の資本を要する基盤モデルの開発において特定の巨大企業による技術独占によって生じる市場の歪みやイノベーションの停滞を防ぎ、オープンな環境によって多様なモデルの登場を促すことで健全な競争環境と継続的な品質向上をもたらします。これにより、日本のスタートアップ、中小企業、そして大学や公的研究機関も、最先端の基盤技術へ公平にアクセスできるようになり、日本全体のAI開発能力の底上げと、産業構造の多様化に直接的に繋がるのです。

さらに、AI技術が社会の隅々にまで浸透し、医療、金融、司法、行政といった極めて重要な領域で判断を下すようになる将来において、その意思決定プロセスの透明性と説明責任は、技術的な要件であると同時に極めて重要な社会的な要請となります。この時、人間が理解・検証できないブラックボックスのAIは、社会的な受容を得ることが困難であると言えるでしょう。オープンソースAIは、公的機関、学術機関、市民社会といったそれぞれに独立した第三者がAIシステムの内部動作を監査し、潜在的なバイアス(偏見)を特定・検証し、その是正を促すことを可能とし、プロプライエタリなAIでは決して実現不可能なレベルの透明性と信頼性を社会にもたらすことで、この課題に対する最も効果的な解決策を提供します。

このように、オープンソースAIの推進は単なる技術選択の問題ではなく、日本が目指すべき「人間中心で責任ある、倫理的なAI社会」を構築するための技術的かつ社会的な基盤そのものを築くことに繋がります。「信頼できるAI」と「オープンソースAI」は、単に補完的な関係にあるだけではなく、相互に依存し合う概念であると言えるのです。

オープンソースAIを巡る世界の潮流

オープンソースAIの戦略的重要性を認識し、国家戦略の中核に据える動きは、すでに世界の主要国で加速しています。米国、欧州連合(EU)、中国は、それぞれ異なるアプローチを取りながらも、オープンソースAIを推進するという点で一致しており、この世界的な潮流から日本が取り残されることは、国際競争力と安全保障の観点から看過できない事態を招きます。

アメリカ合衆国は、トランプ政権下で発表された「America’s AI Action Plan」にて、AI分野における米国の世界的な競争を勝ち抜くために策定された包括的な国家戦略を掲げました。この計画の三本柱の第一として掲げられた「AIイノベーションの加速」の中で、「オープンソース及びオープンウェイトAIの奨励(Encourage Open-Source and Open-Weight AI)」が明確な政策項目として位置付けられています。具体的には、中小企業によるオープンソースモデルの採用促進や学術機関やスタートアップが最先端の研究開発に必要な計算資源、ソフトウェア、データへアクセスしやすくするためのリソースの拡充を推奨しています。このアプローチは、米国がオープンソースAIを規制によって管理すべき対象としてではなく、市場主導のイノベーションを最大化し、産業競争力を高めるための戦略的資産と捉えていることを明確に示しています。

欧州連合(EU)は、世界初の包括的なAI法として制定された「EU AI規則」において、AIシステムがもたらすリスクに応じて規制の強度を変える「リスクベース・アプローチ」を基本哲学としていますが、この規制の体系の中でのオープンソースAIの扱いは極めて示唆に富んでいます。同規則は、オープンソース・ライセンスの下でリリースされるAIシステムについて、それが社会的に許容しにくい高いリスクを持つAIに該当しない限り、規則が定める多くの義務から免除するという例外規定を設けており、個人や非営利団体を含むオープンソースのAI開発コミュニティに対して過度なコンプライアンス負担を課さず、逆にオープンソースAIによるイノベーションを促進するための戦略的な配慮を行なっています。このような「特別扱い」は、EUが厳格な規制を通じて市民の権利と安全を保護するという目標とイノベーションを促進するという双方の目標のバランスを取る上で、オープンソースAIが重要な役割を果たすと認識していることの明確な証左であり、実質的にEUは規制の枠組みそのものを用いてオープンソースAIの開発を奨励していると言えます。

中華人民共和国もまた、国家戦略のレベルでオープンソースAIの重要性を公に認めています。2025年7月に上海で開催された世界人工知能大会の基調講演において、李強首相はAI分野における「技術独占」のリスクに警鐘を鳴らし、「AIのオープンソース開発を積極的に推進する」と公式に表明しました。この発言は、米国のAI Action Plan発表の直後に行われたものであり、特定の国や企業による技術支配への対抗軸として、オープンソースという概念を戦略的に打ち出したものと分析できます。さらに、中国は発展途上国におけるAI応用を支援するための「中国ソリューション」の提供や、国際的なAI協力機関の設立を提唱しており、その文脈でオープンソースを国際的な影響力拡大とAIガバナンスにおける新たな標準形成のための重要なツールとして活用する姿勢を鮮明にしています。このような国家政策の下で、ほぼオープンソース・ライセンスと呼べるライセンスで頒布される中国製のAIモデルが世界のオープンウェイトなAIモデルのほとんどのシェアを握っていることは紛れも無い事実です。

米国はAI市場の競争の勝者となるためのイノベーション促進、EUは厳格な規制下でのイノベーションの並立、そして中国は西側諸国の技術覇権への対抗と国際的な影響力拡大という三者三様の戦略的意図が背景にありますが、これら主要国がそれぞれの国益に基づきオープンソースAIの推進という点で戦略的に収斂している事実は、日本にとって極めて重い意味を持ちます。AI領域におけるグローバルな戦略的競争において、日本が単なる受動的な観察者、あるいは日本国外で開発されたオープンソースAIエコシステムの消費者に留まることは、米国の市場主導・EUのリスク配慮・中国の国家主導という三極構造の狭間において経済的・技術的な従属を招きかねません。日本は、自らの国益、産業構造、そして社会的価値観に合致した独自のオープンソースAI戦略を主体的に構築し、国内で検証・再現・継承できる技術スタックを確保することが喫緊の課題となっていると当会は考えます。

日本のAI国家戦略への提言

以上の潮流を踏まえ、日本がAI時代における国際競争力を確保し、国民から信頼されるAI社会を構築するために、以下の三つの政策を一体のものとして、国家戦略に明確に位置づけ、強力に推進することを提言します。

提言1:基盤を含むAIモデル開発においてOSI定義に準拠したオープンソース化推進

公的機関が資金提供、支援、または調達を行うAI開発プロジェクト、特に社会インフラとなり得る基盤モデルの開発においては、その成果物(ソースコード、モデルの重みとパラメータ、アーキテクチャ情報、学習データ及びそれらに関する文書等)を、OSIが策定した「オープンソースAIの定義(OSAID)」に準拠したライセンスの下で公開することを原則とする政策を導入すべきです。

公的な資金によって生み出された技術資産は、特定の企業や組織に囲い込まれることなく、広く社会全体で共有・活用され、さらなるイノベーションの基盤となるべきです。この原則を徹底することによって公的資金の投資対効果を最大化し、また、国内の大小様々な企業と研究開発機関がその成果を自由に利用・改変・再頒布できるようになり、裾野の広いAIエコシステムの形成を実現します。これは、特定の巨大ベンダーへの依存を回避し、日本の技術主権を維持する上でも不可欠な措置でもあります。OSAIDという国際的に認知された基準を採用することで、日本の取り組みがグローバルなオープンソース・コミュニティとの連携を円滑にし、国際的な信頼性を高める効果も期待できると考えます。それに加え、公的支援によるAI開発における成果物全ての国内での再頒布・保全・継続メンテナンス体制を要件化し、域外サービス停止・条件変更時にも国内で運用継続できる体制を確保することも重要です。日本国内でも、国立情報学研究所が主導するLLM-jp等、産学官連携によるAIモデル開発の好例が既に見られますが、こうした取組をさらに拡大すべきです。

提言2:オープンソース・エコシステムを維持するための開発者への法的保護措置

AIに関する新たな政策や規制を策定する際、オープンソースAIコンポーネントの開発者に対し、彼らが開発・公開したコンポーネントの下流における使用から生じる結果について、法的責任を負わせるような規制や要件を課すことを明確に回避すべきです。責任の所在は、汎用的なツールを単に開発した者ではなく、そのツールを特定の目的のために実装・運用する主体にあることを法的に明確化し、公的な調達における契約においてもその原則を徹底する必要があります。また、政府がオープンソースのライセンスの有効性を一方的に取り消したり、変更を強制したりするような権限を持つべきでもありません。

オープンソースの歴史的な発展は、ライセンスに通常含まれる「無保証」と「責任の制限」という法的原則に支えられてきました。開発者たちは、多くの場合、善意の社会的あるいは学術的な貢献として自らの成果を世界に公開しています。もし、彼らが公開した成果物が予期せぬ形で使用され、その結果として生じた損害の責任まで問われることになれば、その計り知れない法的リスクを恐れて誰もが開発と公開の場から撤退してしまうでしょう。それと同じことはオープンソースのAIエコシステムであっても発生し得るわけであり、そのような形でのエコシステムの崩壊は避けねばなりません。

この法的原則の重要性は、AIがもたらすリスクをより深く捉えているEUも認識しており、「EU AI規則」においてはオープンソース開発者への負担を意図的に軽減しています。したがって、このような法的保護措置は単なる開発者優遇策ではなく、日本における持続的なAIイノベーションを可能にするための必要不可欠なインフラ整備であると言えます。AI規制の焦点を、汎用的な「ツールの作り手」から特定の文脈でリスクを判断し利益を得ようとする「ツールの使い手」へと正しく設定することが、健全なエコシステムと責任あるAI利用を両立させる鍵となります。

提言3:多様なAI開発を促進するトレーニングデータのオープンデータ化

政府及び関連の公的機関が保有する公共性の高いデータについて、個人情報保護法やその他の関連法規を遵守し、セキュリティに万全を期した上で、AIの学習に適したトレーニングデータセットとして整備し、オープンデータとして広く公開する国家主導のプロジェクトを強力に推進すべきです。

AIモデルの性能、特性、そして潜在的なバイアスは、その学習に用いられたデータの質と量に根本的に依存します。現状、日本のAI開発におけるボトルネックの一つは、多様で高品質な日本語のオープンデータセットの不足であり、この課題を放置すれば海外のデータセットで学習されたAIモデルに依存せざるを得なくなり、結果として日本の言語的、文化的、社会的な文脈や価値観が反映されないAIが社会に普及するリスクがあります。

公的機関が主導して信頼性の高い大規模なデータセット、特に日本語圏特有ドメインのデータセットを公開することは、この状況を打開するための最も効果的な手段となり得ます。これにより、国内のAI開発が飛躍的に活性化するだけでなく、日本固有の課題解決に資する多様なAIアプリケーションの開発が促進されることが期待できます。米国の「AI Action Plan」においても、連邦政府の資金提供と研究者による非専有データセットの公開とを結びつけることが検討されており、データのオープン化が国家戦略上重要であるとの認識は国際的にも共通しています。公的なデータは国民の共有資産であり、それを次世代の知的インフラであるAIのために活用することは、政府の重要な責務であると言えるでしょう。

結論

オープンソースAIとオープンデータの推進は、単なる一技術政策の選択肢に留まるものではありません。日本のデジタル領域における経済安全保障を確立し、国際競争力を再興し、そして何よりも国民一人一人から信頼される民主的で開かれたAI社会を構築するための国家戦略上の中核的な要請であります。

本提言で分析したように、米国、EU、中国は、それぞれの国益と理念に基づき、オープンソースAIを国家戦略の重要なツールとして位置付け、その活用を加速させています。この世界的な大きな潮流の中、日本が傍観者でいることは事実上の後退を意味し、将来世代に大きな負債を残すことになりかねません。日本がAI時代において独自の強みを発揮し、世界の主要プレイヤーの一角として確固たる存在感を示すためには、海外のエコシステムを受動的に利用する姿勢を脱し、自らが主導してオープンなエコシステムを構築・牽引していくという能動的な意志が不可欠です。

我々、一般社団法人オープンソース・グループ・ジャパンは、日本政府および関連の公的機関が本提言に盛り込まれた政策、すなわち「OSI定義に準拠したAIシステムの推進」「開発者の法的保護」「トレーニングデータのオープン化」を、相互に不可分な三位一体の戦略として速やかに実行に移すことを強く要望いたします。

一般社団法人オープンソース・グループ・ジャパン
佐渡 秀治
八田 真行


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