「日本発のオープンソース」という幻想

日本発のオープンソースソフトウェアは42件? 奇妙な講演内容が、日本の官におけるオープンソース理解の貧しさを浮き彫りにする。

経済産業省の官僚である久米孝氏が、オープンソースについて講演したという。率直に言って中身はかなり噴飯ものである。中でもハイライトはこの発言だ。

久米氏による調べでは、日本発のオープンソースはわずか42件。
これは非常に少ない件数だ。そもそもオープンソースプログラマの多くには理系学生が多いという背景もあり、国内においては授業にも取り入れられていない点も問題視された。それ以上に、マイクロソフトが長年行っているような、企業エンジニア育成のためのデベロッパー向けトレーニングセミナーが少ない点も影響しているはずだ。

最初にお断りしておくが、筆者は所用でこのイベントに出席できなかったので、自分自身の目ではこの講演を見ていない。筆者個人の経験として、この手のイベントでしゃべるとだいたい自分が言った覚えの無いことまで記事にされてしまうので、記事の中身の信憑性は7割くらいと踏むのが適切な態度だろう。しかし文脈から言って、少なくとも「日本発のオープンソースはわずか42件」と言うことを言ったのはほぼ間違いないと思う。

わずか42件? そもそも「単品」で利用することの少ないソフトウェアを数えることに意味があるのかどうかも定かではないが、どう考えても42件は少なすぎる。一体どこからこの数字を引っ張ってきたのだろう。

ここで、久米氏が(おそらく)参考にしているのは、経済産業研究所(RIETI)のオープンソースと知的財産権のページから辿れる、オモイカネの大熊氏がまとめた日本人によるオープンソースのリスト(PDF注意)であろう。今数えたら確かに42件あるので間違いないと思われる。

一目見ればこのリストのおかしさは明らかだ。(多少言い訳が書いてあるとは言え)そもそもオープンソースでないものが多く混じっており、しかも当然挙げられるべきものが抜けている。とくに、Windows用のソフトウェアに関しては、高価な処理系のコストに悩まされながらWindowsでも自由なソフトウェアを公開している人は多くいるわけで、彼らに対してあまりに失礼だろう。Vzエディタ? ご冗談でしょう。ソースはついてくるけどさ。

いくつか例を挙げよう。そもそもApacheは日本産ではないし、日本人は開発のイニシアチブを取っていない。VFlib2とVFlib3はコードベースは全く別物なので分けなければおかしい。だいたい何で日本語化程度でイニシアチブを取っていることになるのか。なぜw3mやSKKやT-Codeのような(普及しているかはともかく)真に革新的なソフトウェアが漏れているのか。後は読者に任せよう。ほとんど娯楽の殿堂である。

この奇妙な講演からは、二種類の教訓が引き出せると思う。まず一つは「日本産の」オープンソースという幻想がいかに無意味かということだ。以下の発言を見てみよう。

さらに深刻なのは、OSと同じくオープンソース界においても海外に依存している点であり、日本で開発方針でリーダーシップを取れるケースが極めて少ないことだ。比較的国内からの働きかけの多いFreeBSDにおいても、わずか12%程度に止まっている。日本での方針が、即、直接のソースコードに加えられる決定権が持たれていない。

はっきり言うが、オープンソースソフトウェアに関して、それのオリジンが元々どこであったかということはほとんど意味がない。Linuxカーネルはフィンランド産だが、フィンランドらしさがあるかといえばもちろんない。国籍以外でも、例えば元々XEmacsを作っていたのはSunと今はすでに倒産したLucidという会社だが、それが現在のXEmacsに何か影響しているかと言えばそんなことはない。オリジンのEazelが倒産したNautilusもしかり。日本産のオープンソースソフトウェアが増えることと、日本のいわゆる「IT競争力」とやらが増進することはほとんど相関していないのではないか、とすら筆者は考えている。

ちなみに日本人がオープンソース開発プロジェクトでイニシアチブを握れないのは簡単で、日本人の説明能力(断じて英語力ではない!)が著しく低いからヘゲモニーを握れないだけの話だ。筆者はいくつかのプロジェクトに関与したが、傍から見ていると、ちょっと反論されただけでキレるなど泣けるほど交渉・説明能力が低いことに愕然とすることが多かった。日本の方針が受け入れられないのも、日本語対応などで多くの場合やたらアドホックな拡張が多いからである。もちろん政治レイヤーの問題があることも否定しないが、あまりに恣意的なプロジェクト運営をしているソフトウェアは多くの場合「筋が悪い」のでそもそも普及しない。いずれにせよ、最近ではLinuxカーネルの開発への日本企業の積極的な関与など、良い兆しも見え始めてきているので、そういう動きを全く無視するとはいよいよ残念である。

まとめると、○○発であるのとオープンソースの世界でのレピュテイション(名声)は国籍ではなく、ソフトウェアならばそれができること、人ならばそいつがやったこと、やっていることに依存して決まるのだ。優れたものをきちんと説明すれば、必ずメインのコードベースに含められる。それでもなおダメならば、forkすればいいだけのことである。

むしろ、日本産かどうかなどどうでもいいから、すでにあるソフトウェアをいかに使いこなすか(使いこなすには「ハックする」も当然含まれる)、いかに斯界の流儀に沿った開発をupstreamと協調して行うか、こういったことをスムーズに行える能力を高めていく手助けをすることが、真の「オープンソース振興」なのだと思う。オープンソースで優れた業績を上げながらも雑事に追われるハッカーを、海外にでも遊学させてたっぷり時間を与えたらどうか? そちらのほうがセキュリティー甲子園でクラッカーを養成するよりははるかに有益ではないだろうか。クラッカーはハッカーへの第一歩にもなりうるので全否定はしないけれども。

もう一つ、ハッカーは伝統的に反官の意識が強い(のではないかと思われる)ので心理的抵抗があるのかも知れないが、官からの諮問であっても少なくとも仕事ならばきちんとした仕事をするべきだし、調査にはまじめに協力すべきだと思う。まがりなりにもオープンソースのコミュニティに属する団体なり個人がこのリストのようなひどい仕事をしたというのは極めて遺憾だ。

また、このようないい加減なものを引用して公の場で講演し、政策立案に使ってしまう官僚というのもかなり恐ろしい。常識的に考えて42件が少なすぎるというのが分からないのはかなり重症だろう。裏を返せば、いかに経済産業省が現状を理解せずにことを進めているかが分かる。しかもこのようなリストを「おすすめ!」などと脳天気に言っているRIETIもかなりおめでたいと言わざるを得ない。猛省を促したいところだ。また、我々も今後はより積極的に発言していく必要があるだろう。黙っていては誤解が広まるばかりである。

とはいえ、本稿ではかなり厳しいことを書いたが、以前お会いした経済産業省の官僚の方は(と書けば誰のことか分かる人も多いだろうが)、それなりにまともな理解をしていたということも付け加えておく。

投稿者: mhatta

A rapidly-aging old-school geek in Japan.