求む凄腕: 日本における今後の課題

2003年は「大いなる助走」の年だった。新たに2004年を迎え、特に日本において、今後のオープンソースOS発展に必要とされるものは何だろうか。

あけましておめでとうございます。本年もopentechpress.jpを宜しくお願いいたします。

はじめに

去る2003年は、ムーヴメントとしてのオープンソースに取って画期的な一年となった。将来「オープンソース史」のようなものが書かれるとすれば、この年はも初期の重要なターニングポイントとして記載されことになるだろう。

英語の「turning point」には、ポジティヴな意味もネガティヴな意味も含まれている。一昨年とは比べものにならぬほどオープンソースだのリナックスだのといった言葉が広まり、一般のメディアにも頻繁に登場するようになった去年は、歓迎すべき「転機」だったと言ってよいだろう(濫用や誤用を招いたという意味ではmixed blessingでもあるが)。また、オープンソースによるバザール開発というソフトウェア開発手法が、従来のようなクローズドな開発体制に対して、しかも企業における現実的なオルタネティヴになってきた、というのも刮目すべき「変化」と考えられる。逆に、一連のSCOとの訴訟が示す通り、現実的なオルタネティヴになってきたがこそ、今後はより厳しい試練や吟味にさらされるとも予想されるが、これは新たな「危機」の始まりと言ってもよいだろう。云々。

というような、ありがちな一般論には個人的にあまり関心がないので、本稿ではもう少し具体的な話をしたい。筆者は今年2004年を、「日本における(GNU/Linuxや*BSDなど)オープンソースOSのデスクトップ分野での受容を目指す年」として位置づけている。確かに、GNU/Linuxベースのシステムはかなりのスピードで普及しているのだが、内実は依然としてサーバ用途が主となっている。一方で、少なくとも海外では、以前はとうてい無理だろうと思われたような一般向けデスクトップ用途への進出も果たしつつある(その一つの例が、日本では(も?)あまりうまくいっていなさそうなLindowsOSだ)。では日本ではどうか。

筆者は、現在MicrosoftやAppleの牙城となっているデスクトップ分野でオープンソースOSが一定のシェアを得たときこそ、更なる飛躍があると考えている。理由は簡単で、ユーザ数が飛躍的に増え、それにつれて開発者数も増えると考えられるからだ。しかし、現状シェアを得る得ないという以前に、「日本において」という制約条件を付けてしまうと、オープンソースOSベースで一般人でもそれなりに使えるデスクトップシステムを組むには、まだかなりのハードルがあると言わざるを得ない。筆者自身、親や知り合いに使わせようとして幾度も挫折しているのだが、実際問題として、Windowsもおぼつかない素人には、まだまだ「Linuxデスクトップ」は荷が重いようだ。それはGNOMEとKDEの優劣だのデザインがどうのといったレベルの話ではない。もっと基本的な分野で欠落があると考えられるのである。

以下に挙げるのは、主に日本語を扱う一般向けデスクトップ用途を想定したとき、オープンソースOSが弱いと筆者が個人的に思っている分野だ。こういった分野が現在まで残ってしまったのにはそれなりの理由が考えられる(そもそも日本人しかあまり関心を持たず、海外のハッカーたちを巻き込みにくい時点でマンパワーの不足は不可避とも言える)のだが、逆に言えば、このあたりで他社に先んずるノウハウや技術を手に入れた企業や個人は、その後の展開を有利に進めることができるはずだ。また、こういった分野は結局ハッカーの自発意志に任せておくと後回しにされがち(端的に言って、何らかの意味で「めんどうくさい」ものが多い)なので、IPAの未踏ソフトウェア事業などで公的な補助を受け、集中的に開発すべき分野とも言える。筆者自身、今年はできるだけ時間を見つけてこういった分野に微力を費そうと考えているのだが、皆さんもぜひ関心を持って開発に参加してほしい。

日本語フォント

日本語フォントの問題は、ここ数年に渡りオープンソースOS上で日本語を扱う人間にとって頭痛の種となってきた。昨年、東風フォントのデザイン無断複製問題という事態が発覚したのはまだ記憶に新しい。多くの人々の献身的な努力により、代替フォントが用意される一方権利者との話し合いなども続けられて当面の破局は回避されたが、印刷に耐え得る品質のフリーな基本フォント(最低でも明朝とゴシック)の作成は依然として急務であり、ここをクリアしない限りデスクトップ用途での普及は望めないのではないかと筆者は思う。

フォントを確保するという意味では、既存のプロプライエタリなフォントを何らかの手段でフリーにするというのも一つの手だ。NACSIS-UCSフォントのように、有望だったものがなぜか闇に葬られてしまったというケースもある。今後はこういったものを調査し、できる限り公開を求めていく必要もあろう。しかし、それと並行して、完全にフリーで実用に足るフォントを手軽に作成できる環境の整備も必要ではないかと筆者は考える。とはいえ、個人が膨大な日本語のフォントのグリフを一からデザインするのは不可能に近い。よって、オープンソースのプロジェクトとしては、

  • フォントデザインの(半)自動生成システム
  • 使いやすいオープンソースのフォントエディタ

といったあたりが望まれるだろう。特に、多数の人を巻き込んだバザール開発的なフォント作成を可能とするためには、手軽にフォントをいじれる後者の存在が不可欠である。現在あるものとしてPfaEditは確かに悪くないが、やはり使い勝手という点ではWindowsなどに存在する商用のフォントエディタには及ばない。こういったフォント周辺のソフトウェアの整備は今後の努力目標だが、手頃なハックのネタがないとお歎きの腕自慢にはなかなか歯ごたえのあるプロジェクトになるのではないだろうか。

日本語入力

いわゆる素人にPC Unixベースのデスクトップ環境を使わせてみて、一番言われるのが、日本語変換の貧弱さである。正当な評価かどうかは難しいところだが、とっつきにくいのは事実なのだろう。

SKKやT-Codeなど癖の強いものを除けば、PC Unixにおける日本語入力というと、長い間Wnn、かんな、SJ3の三強寡占であり、しかも近年は揃いも揃って開発が停滞するという事態に陥っていた。とはいえ、最近はAnthyのような新たに設計された日本語変換エンジンが登場するなど、一部に関してはかなり希望が持てる状況にある。しかし、肝心の日本語変換辞書に関しては、質量ともにWindows上の商用製品と比べると見劣りするのが現状だ。

これを打開するには、結局辞書の語数を増やしていかなければならないが、個人の努力には限界がある。多くの人が、日々の登録内容をどこかに送信して蓄積する、といった分散的な辞書登録のスキームが必要だと思う(ただし、誤登録をどう排除するかというのは非常に難しい問題だ)。この点に関して、辞書フォーマットの統一を図ると言うのは重要な一歩だと思うが、辞書共通化の試みも着々と進められており、今後の展開が期待される。

また、入力のフロントエンドに関しても、例えばXIMに関しては長らく使われてきたkinput2が、見栄えを含めさまざまな点で「古さ」を露呈している現在、代替ソフトウェアの開発が急務となっている。この点でも、AnthyのフロントエンドuimやそのXIMブリッジuim-ximが登場しており、今年はさらに飛躍が期待されるが、他にもっと選択肢があってもよいだろう。XIMはともかくIIIMCFに関しては筆者はいくつかの理由で懐疑的なスタンスをとっているのだが、こういったプロトコルレベルでの検討や再設計も必要となる可能性がある。

日本語印刷

Unixにおける印刷というと、これまで延々とLPRベースのシステムが使われてきた。
実際よく出来ていたとはいえ、設定方法を始めとしてさすがに最近では設計が古くなってきたという感が否めない。筆者周辺が個人的に関わっているということもあって、おそらく今後はIPP(Internet Printing Protocol)に対応した印刷サーバ/クライアント(具体的にはCUPS)が主流となっていくのではないかと思っているが、その時問題となるのが、その下で実際にラスタライズをやっているソフトウェアである。現在はGhostscriptが広く使われているが、筆者が見る限り、もともとソフトウェアとしての設計が古い(モジュール化がうまくできていない)上、表面化こそしていないがいろいろ厄介な問題が隠れていそうである。しかも、日本語を扱う上で、改変が禁止されている(のでオープンソースとは言えない)Adobe社のCMapファイルに依存せざるを得ないという問題もあり、これは、少なくともDebian GNU/Linux的には重大な問題となりつつある。いずれにせよ、ある時点で、抜本的なGhostscriptの書き直しは避けられないと筆者は考えている。気が遠くなりそうだが。

むすび

とりあえず三点あげて見た。筆者が見落としている問題もまだまだあるだろう。しかし、よくよく考えてみるとこれらの多くはすでに数年前から改善の必要が叫ばれていたものばかりである。しかも、増えも減りもしていない。減らないのは問題だが、増えていないということは、裏を返せばもうこのくらいしかジグソーパズルの欠けたピースは存在しないということでもあろう。言い替えれば、この三点さえきちんと埋めれば、日本におけるデスクトップ用途でのオープンソースOSの受容は加速度的に進むのではないだろうか。

投稿者: mhatta

A rapidly-aging old-school geek in Japan.