「パブリック・ドメイン」とは何か

ライセンスがらみの用語で、知っているようで知らない言葉の筆頭が、「パブリック・ドメイン」ではないだろうか。オープンソースのライセンシングで問題となる点を中心に、少し復習してみたい。

はじめに

「パブリック・ドメイン(公有)」とは、ある無体物に関して著作権や商標権が消滅ないし放棄された状態を指す。

「パブリック・ドメイン」をGNU GPL などと同様ライセンスの一種と勘違いしている人が多いようだが、パブリック・ドメインというのは状態であって、ライセンスではない。作者は何の権利も主張しないのだから、わざわざライセンスを指定する必要もないのである。

日本では著作権は譲渡・放棄できるが著作者人格権は放棄できないとか、いろいろテクニカルな事情があって自作を(自分の意志で)本当の意味でのパブリック・ドメインに置くということはできないようだが、「一切権利を行使しない」と明確に宣言しておけばパブリック・ドメイン相当にはなるだろう。実際、現在でも、そうやって自作ソフトウェアをパブリック・ドメイン(相当)に置くという人はそれなりに多いようだ。

余談ながら、一昔前はパソコン通信などで手に入るソフトウェアの相当数が「PDS」と呼ばれていた。パブリック・ドメイン・ソフトウェアの略なのだが、本当に一切の権利が放棄されているものはほんの一握り、あとはなんとなくPDSと名乗ってみましたというだけで内実は単なるフリーウェアというケースが多かった。昨今の「オープンソース」騒動を彷彿とさせる語義の混乱ぶりである。ちなみにパブリック・ドメインはれっきとした法律用語なので、誤用は「オープンソース」同様好ましくない。

ライセンスの一種としての「パブリック・ドメイン」

さて、パブリック・ドメインはライセンスではないと書いたが、オープンソースのライセンシングを考える場合、パブリック・ドメインもライセンスの一種と強引にみなしてしまうと話が簡単になる。ようするに、世の中には以下の4種類の「オープンソースライセンス」しか存在しないという話に持ち込めるからだ。

  • タイプ1: パブリックドメイン
  • タイプ2: パブリックドメイン + 著作者の権利
  • タイプ3: パブリックドメイン + 著作者の権利 + コピーレフト
  • タイプ4: パブリックドメイン + 著作者の権利 + コピーレフト + その他

ただでさえ近年は大量のライセンスが出回っており、しかもその文面は、特に法曹の専門家の手によるものだと非常に複雑で解釈が困難な言い回しになっていることが多いのだが、少なくともそのライセンスが上記のどのタイプに属するのかさえ把握していれば、そんなに「大怪我」することはないというのが筆者の考えである。ちなみに、この伝でいくといわゆる BSD ライセンスはタイプ2、GNU GPLはタイプ3ということになろう。

著作者の権利

ところで、今まで何の説明もせずに「著作者の権利」という言葉を使ってきたが、これは一体なんだろうか。

著作権は著作権者が有する数多くの権利の「束」として把握されるが、大別すれば「コピーライト」と「著作者の権利」の二種類に分けられる。著作権法上は、氏名表示権や同一性保持権など「著作者人格権」として規定されているのがいわゆる「著作者の権利」だ。一方コピーライトは、著作権法では複製権とそれに付随するさまざまな権利として規定されている。この二つは、実はほとんど相互に関連していない。あまり正確な表現ではないが、コピーライトは著作物の「流通」を規定し、著作者の権利は「改変」を規定していると言えば分りやすいだろうか。

パブリック・ドメインの場合、一切の権利が消滅しているので著作者の権利も存在しない。改変も流通も完全に自由である。一方、流通(頒布)の面ではパブリック・ドメイン同様に非常に制限の緩い BSD ライセンスでも、著作者の権利は(例えば第1項という形で)少なくとも部分的には明確に留保されている。これがタイプ1とタイプ2の目に見える違いというわけだ。

パブリック・ドメインは「オープンソース」か

疑問をもつ方が結構おられるようなので強調しておきたいのだが、パブリック・ドメインにおかれたソフトウェアはその時点ではオープンソースであり、(コピーレフトが主張されない)フリーソフトウェアでもある。ゆえに、パブリック・ドメインが「オープンソース」に含まれるかと問われれば、もちろん答えはイエスだ。

しかし、それでも筆者個人は、オープンソースという文脈ではパブリック・ドメインに否定的だ。筆者がライセンスがらみの記事を書くと、多くの場合パブリック・ドメインにいくぶん否定的な書き方をしてしまうので批判を頂くことも多いのだが、筆者がパブリック・ドメインに懐疑的なのはパブリック・ドメインがオープンソースではないからではなくて、パブリック・ドメインはオープンソースに含まれるが、オープンソースによるバザール型開発のメリットを最大限享受することができないのではないか、ということなのだ。

個人レベルで、自分が趣味で作ったものをパブリック・ドメインに置くというのはまったく間違っていない。基本的に、作者が納得している限り、自作をパブリック・ドメインに置くことには何の問題もない。しかし、話が企業になると、パブリック・ドメインに置くデメリットを考慮しないわけにもいかないのではないか。

以前の記事でも詳述したが、企業が自社製品をオープンソースにするのは、基本的にオープンソースによるバザール型開発から何らかのメリットを享受したいからである。そういったときに自社製品をパブリック・ドメインとして公開してしまうと、本当にただ成果だけを奪ってただ乗りするやつが出てくる懸念がある。すなわち、著作権表示など一切削って、さも自分が一から開発したように見せかけるわけだ。そのへんの個人がやる分にはある意味ほほえましいとも言えようが、競争相手の企業がやるとなると笑い事ではすまない。ちなみに今でもコードの盗用はあるという向きもあろうが、露見したときに法的な強制力があるかないかは大きな違いだ。期待されるフィードバックも、剽窃者(というのはこの場合問題があるのだが)のほうに行ってしまうかもしれない。サポートや教育などで利益を上げたくとも、名前を出している剽窃者の方が有利だろう。これではそもそもオープンソースにするメリットが無いので、営利企業がオープンソースに参入する機運は(少なくとも部分的には)しぼんでしまうと考えられる。

ゆえに、オープンソースで企業など営利主体が成功するには、最低でも著作者の権利(の一部)をキープしたタイプ2のライセンスを使うことが必要なのではないかと筆者は考えている。BSDのように氏名表示権だけでも残っていれば、たとえ競争企業が自社のコードを使ったとしても、クレジットは残る。これだけでも、例えば投資家などに技術力をアピールする上では有用だろうし、ユーザ間の評判も高まる。「名声」という漠然としたものでも、オープンソースの世界ではまんざら馬鹿にならないのである。

個人のレベルでも、開発者のエゴをうまくくすぐって開発へのモチベーションを高めることは極めて重要だ。そもそも何のクレジットもなく剽窃されると頭に来る。自作ソフトウェアが普及して名声があがればうれしいのが人情というものだろう。こういう書き方をすると身もふたも無いと思われる向きもあろうが、共産主義ではあるまいし、オープンソースは欲を捨て霞を食べて生きている聖人君子が自己犠牲の精神でやっている(そういう人もいるかもしれないが)わけではない。煩悩だらけの筆者のような人間が、自分の私利私欲ばかり考えてやっていることもあるし、営利を追求する企業が参入しても(うまくやれば)メリットがある。
そういったさまざまな主体をも巻き込むだけの懐の深さを、オープンソースは持っていると考えて欲しい。

個人的には、企業レベルで本格的にオープンソースを取り入れるにはさらにもう一歩進めてコピーレフトが不可欠になると考えている。すなわち、営利企業がオープンソースに参入する上では、タイプ3のライセンスが良いのではないか。これは筆者だけの考えではなく、例えばSendmail社のCTOも同趣旨の発言をしているようだ。この点、GPL 自体は適用しないものの、コピーレフト的な考え方を自社ライセンスに取り入れているIBMは非常に抜け目がない。
オープンソースのロジックを理解した上で、そのメリットを最大限生かす戦略を採り、オープンソースを積極的に利用しているという点で、現時点ではIBMが一頭地ぬきんでていると言わざるを得ないのはこのあたりだ。

投稿者: mhatta

A rapidly-aging old-school geek in Japan.